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経験がないと 想像する にしても限界があるんだな と 子供時代を思い出して考える。
なぜか ずっと心の隅に残っている言葉。

小学校の教室には二つ黒板がありました よね?
昭和40年台の小学校。
1967年。 チェコのプラハの春よりも前。
授業に使う 真ん前の黒板と 窓の正面の壁の連絡用の黒板。
連絡用の黒板に書かれたことば。

『上村くん(仮名)は パンツをはいてきてください』

違和感があったから そのことばが残ってる。
それは 小学校一年生の教室。
上村くんはいつもニコニコしていた。
なんとなく 大人な イメージがあった。
当時は クラス名簿というのがあった。
多分 今は無くなってるはず。(ですよね?)
個人情報保護法施行の後 無くなったと思う。
クラス名簿には 生徒の氏名 両親の氏名 職業と住所 電話番号。
やたら 国家公務員が多いクラスだった。
そして上村くんは お母さんとは苗字が違ってた。
でも それが何を意味するのかは よくわからなかった。
うちの母なんかもきっと そういうことは考えたこともないと思う。
そういうことに無頓着な人だったから。

でも 今 想像する。
上村くんとは あまり遊ばないようにしなさい と
言うような うんざりするような親がいたに違いないと。
私は 人とうまく付き合えない 昭和40年には少数派の一人っ子だったし
口も重くて ことばが出てこない。
そんな私と 上村くんは話していた。
私が おしっこを教室でしてしまった時も
まあ そういうこともあるわな と達観していた上村くん。

そういう大人の上村くんに対して
先生が 40歳くらいの いかにも教師的な女性だったけど
連絡用の黒板に書いたことば。

『上村くんは パンツをはいてきてください』

今 想像する。
お母さんが疲れていて 洗濯物がたまっていても
上村くんは何にも言わなかったんだと。
まだ 自分で洗うには 7歳は 小さすぎた。

クラスの男の子が 『お前 ぱんつはいとらんのか』と笑っても
女の子が さも軽蔑したようなしかめ面をしても
やっぱり 笑っていたし 相変わらず パンツを履かない日の方が多かった。

もしもその先生に想像力があれば 黒板にそんなんことは書かなかったと思う。

私は 人前で話せない子供だった。
話そうとするとうまく息ができなくなる。
ある日 先生が 浦島太郎の話を知ってる人は手を上げてと言った。
私は (もちろん)知っていたけど手を上げなかった。
『前に出て話したりさせないから 知ってる人は 手を上げて』
と言ったので しょうがないので手を上げた。
すると すぐに私を当てて 『前に出て 話しなさい』と言った。
騙したのだ。
私は前に出て 話そうとしたけど 声が出なくて 息ができなかった。
先生はしょうがないので 自分で 話して ところどころで 私に 『そうね?』と
確認して その度に 頭だけで頷いて そして席に着いた。
その時の 体の感覚を未だに覚えている。
あえて 子供を傷つける必要がないのに
傷つける
とは言わずに 教育という。

私は今では 結構 人前で話すのも平気になったし
ラジオに出て 馬鹿みたいにしゃべったりしたこともある。
でも 先生のおかげです ではなく 単に歳をとって そういう時代に入っただけ。
多分 上村くんも今では パンツを毎日履いてると思う。
そして まあ ああいうこともあったなーとニコニコしているに違いない。
そうだといいなと思う。


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同じ時代のスペインの子供たち。
この遊び 今では 禁止になっているそうです。





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by cazorla | 2015-11-08 08:47 | 思い出 | Trackback | Comments(23)
雨がちょっとだけ降った日は 地面の汚れが
まだ 残っていて そのせいで滑りやすい。
坂の多いこの町では なおさら 危ない。
というわけで 先週 滑って 転んで 
村中の話題になっていますから 痛くないふりで
歩いてはいても 未だに痛い。
痛いときって それを治療しようとする体の動きがあって
そのせいで
多分そのせいで やたら眠くて 眠ると深く深く眠ってしまう。
深く眠ると 本当のような夢を見る。
うちの犬のみーちゃん ことみかんが しゃべる夢。
モニョモニョと口を動かして だっこ と言った。
他にも何か言っただろうか。
とにかく 柔らかい可愛い声でだっこと言った。
抱きかかえて 嬉しくて。
日本語で。

自分の心さえわからない と 前回の記事で書いた。
つまり その通りで
実は私も 日本語をしゃべらない子供達に不服があるのか。
私 全く努力してないからしょうがないし
娘なぞは ママがちゃんと教えてくれないから バイリンガルになり損ねた と言う。
全ては 私の無精の結果。
田舎に引っ越して 日本人に会うこともないし
たいして 日本語教育に 重きを置いていなかった。
子供達は 子供達だけで 出歩いている環境だし。
ああ そう言い訳ね。

でも だっこー
ママ だっこー
って 言われていた頃が懐かしいのか。
それが 私の本心?

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最近は スペイン語ではピンキージョという 細めのパンツが流行っていて
日本語で 何ていうのか知らないけれど
私は フェミニンなパンツだと思うし
夫も 不機嫌な顔でじろっと見る。
でも もう何も言わない。

息子は うちの母に会った時に 幼稚園レベルの日本語を話す。


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この頃は だっこーってまだ言ってたよね。






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by cazorla | 2015-11-07 11:29 | スペインティーンエイジャー | Trackback | Comments(12)

想像する

時々 思うのだけど 人間ってそんなに想像力があるわけではない。
想像してるつもりが 今までに入ってきた情報を リピートしてるだけだったり。
そして 想像は こうあるべき という自分の理想に近くなる。

先日 たまたま読んだスペイン旅行記。
ホテル近くのバルで見た母と子供。
幸せ薄い母子家庭なんだろうな って想像しちゃいました
って書いてあった。
基本的に 母子家庭といえば 『幸せ薄い』が枕詞になることからして
想像力がないと思った。

第一 母と子供がバルでお留守番だから母子家庭というのもね。
だって だいたい 誰かが 厨房に入るもんでしょ。
おっさん 外に出るの嫌って頑固おやじかもしれないし。
それに 母子家庭 幸せ薄いですか?
21世紀だし。


新宿に住んでいた時 たまーに話していたママ友。
たまーにしか 話さないのは 彼女は仕事をしていて 日曜くらいしか公園に来ない。
それに 日曜は お出かけの時も多いから たまーにしか話さない。
年末に会った時 かなり怒っていた。
どうしたの って訊いたら
保育園のお母さんたちが 年末はどうしますかってきくから 
息子と二人で ハワイですって言ったのよ、そしたら
お宅 母子家庭でしょって言われた。
母子家庭は ハワイ行ったらいけないの? 全く。
母子家庭は 幸せ薄くて 寂しい正月過ごせよって思ってるのよ。
でもね 私は ただ消費する専業主婦のパートナーも持ってないから
ワンインカムでも 楽しく過ごせるの。
そうでしょ?
それに男の人のいる世帯って 余計な出費があるけど
それもないし ハワイなんて ちょっとした高級旅館に行くより
ずっと安い。
あのさー あの人たち まともな結婚して 不満があるけど
それでもまともな結婚して 幸せな生活してるって信じたいだけなんじゃないかなー。
私が シングルマザーやってて きれいにしてて 楽しげにハワイに行くなんて
許せんとか 思ってるんじゃないかな。

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あひるです。
カソルラの川には ゴミを捨てるな と各代わりに
あひるを 10羽くらい 離しています。
あひるがいるから なんとなく ゴミを捨てない。
川は生き物が住んでるんだって目で見てわかる。

結構ね 人間って想像力なんてないんじゃないかな と思います。


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by cazorla | 2015-11-01 21:38 | 思うこと | Trackback | Comments(12)

死んでいくこと

たぶん 死んでいると思った。
もちろん 彼は 死ぬような年ではない。
私より若い。
40代である。
それでも なんとなく死んでいる そう思った。
10年くらい前に あまり芳しくない話を聞いていたし
年を取っていく彼をうまく想像できなかった。
天然と呼ばれる人たちだって 年を取っていく姿はうまく想像できる。
天然な老女になっていくのだ。
彼ととても仲の良かった人と ネットで話す機会があっても
きかないまま 過ぎていた。
ある日 その人が Sは死んだんだとぽろんと言った。
驚かなかった。
なんとなく 孤独な死を想像していた。
たぶん 僕が 最後に話した人だと思う。
たまたま 旅行で行った 南の島の飛行場で会って
でも 僕は 家族が一緒だし
彼も 女の子と一緒だったから
そのあと 合わなくて ビーチで 発作が起きて死んだんだ。
会っていたら もしかしたら。。。。

そうか 女の子と一緒に 南の島にいたんだ。
孤独ではなかった。
良かった と その時 心から思った。
女の子と一緒に旅行の計画を立てて
飛行機で 一緒に映画を見たり 島のガイドブックを見たり
楽しい時を過ごしていた。
そう思ったら 嬉しくなった。
死んだという事実は消せないが。

母をこちらに呼んだのも 結局はそういうことだ。
一人で死んでほしくない。
死体に蛆虫が湧いて くさくなって
死後 何週間も経って ご近所が くさくて警察に通報する。
そんな死に方をしないで欲しかった。
10年 を もしかしたら ご近所の仲良し奥様と楽しく過ごしてるかもしれなかったが。
それを取り上げてしまったかもしれないが。
それは 娘のエゴだろうか。

死に方。

よく 西洋人は より良く生きたいと言い
日本人は より良く死にたいと言う。
そうかもしれない。
死に方は やはり大切だ。
そして どう埋葬するか。
そういうことも含めて。

死んでしまえば 同じ と感じるかもしれない。
本人にとっては そうかもしれない。
でも やっぱり 傍にいる人。
傍にいなくても そんなに関係があるわけでない人であっても
孤独な死でなかった ということが 
死者に対する重荷を軽くする。


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カソルラの山には 天本英世さんの灰が撒かれています。




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by cazorla | 2015-10-27 17:34 | 思うこと | Trackback | Comments(4)

異国に住む人

今日は 久々 プールで泳いできました。
今回の風邪は長かった。
2週間くらい風邪をひいてた。
体が弱ると 気持ちもネガティブになるんですね。
やっぱり 異国に住めば ストレスがあると思う。
スペイン人が日本に住んでも
アメリカ人がイタリアに住んでも
よしもとばななの小説で 『外国に住んでる人特有の老け方』という言葉。
ある種の 疲れが染み付いた老け方をするのだと思う。
日本人は若く見える という伝説があるけど
それは あまり当てにしないほうがいいと思う。
そういうことは また別の機会に。

異国に住むストレスのこと。

マドリッドで 弁護士をしている知人。
正確に言えば 夫の大学時代からの親友。
彼は だいたい日本が好きだし 空手も黒帯で おまけに奥さんが日本人だから
顧客も 日本人が 多い。
ビザ関係なんかのお手伝いをしてる。

日本人の女の子が もうすでに女の子ではなくなって そのまま 住み続けると
やっぱり かなり ストレスが重なる。

先日の相談事。

『大家さんが 部屋の鍵を勝手に開けて ゴキブリを入れるのですが どうしたらいいですか』

まず マドリッドで ゴキブリは かなり 少ない。
少なくとも 私は 三年間 マドリッド郊外で見たことはない。
スペイン全体でも少ない。
12年のアンダルシアでの生活でも見たことはない。
飲食店が倉庫代わりに使っている廃墟ならいるかもしれない。
第二に 大家さんが 『自分』が所有しているアパートにゴキブリを入れて
自分の財産の価値を下げることはしないだろう。

だから弁護士は それは何か 勘違いをしたのではないか と言った。
彼は とても親切な 弁護士なので 彼女の家に行って ゴキブリを探した。
もちろん 一匹もいなかった。

彼女は 昨日はいた と主張した。

そして 二日後にまた 来て 『また ゴキブリを入れたので 告訴したい』と言った。


一人の」時間が長いと 妄想に入っちゃうんだ。

ついつい忙しくて 母とおしゃべりする時間が少ないと
母もちょっとおかしくなる。
母は 88歳だから トイレが近い。
夜中に眠れないとなんども行く。
するとお隣の人や 下に住んでる人が 壁や天井を どつく。
そう思っている。
母は 耳も遠くなっているので 母が 聞こえるくらい叩くと
壊れるくらい 壁のペンキが落ちるくらい 強く叩いたことになる。
それから お向かいに住んでる夫婦が夜3時におしゃべりをしてうるさいという。
お向かいと言っても道路を挟んで向こう側なんだから 聞こえるはずがない。
私が住んでる 旧市内は 道路が狭く お向かいの人がベランダに出れば
お話ができるくらい近いけれど 母のピソからは 相手に怒鳴ってもなかなか 聞こえない。
そのくらいなのだから 耳の遠い母に 夫婦の会話が聞こえるはずがない。
そう言っても 怒るだけなので 適当に相槌を打って
そして 一緒にいる時間を長くすると 
だんだん そういう不平はなくなる。

既婚の友人 日本女性は 友人に男の人を紹介した。
30過ぎて マドリッドで一人暮らしの女友達が職場と家の往復で
なんとなく 寂しそうだと思ったのだそうだ。
2回ほど 食事に行った後 関係は全く消滅してしまった。
合わなかったのだ。
合わない というのは よくあること。
でも 彼女は 毎日 この既婚の友人に電話をかけてくる。
あなたのせいで 辛い思いをしている。
と。


本当は ちょっと視点を変えたり 気分を変えるだけで 幸せになれるのに
と 思う。
ただ そうはいかない心の状態 というのもある。
同じところにいて 同じ風景を見ていても 全く違うもの。

私自身もちょっとネガティブになっていた。
9月。
15年住んで
最初はちょくちょく帰国してたけど
もう 8年 日本に行ってないし
帰りたいでしょ と訊かれる。
実はよく分からない。
帰りたいのは 1987年の東京かな?
目を閉じて そこにある風を感じる。
1987年の 静かな風。

そのうち 私自身が 風になるさ。



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ジプシーのおじいさんたち。
おしゃべりするでもなく こうやって じっとしてる。
カソルラのサンタマリア教会廃墟の前で。





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by cazorla | 2015-10-08 09:42 | 思うこと | Trackback | Comments(16)

たかが苗字 されど苗字

凪の風鈴 の 記事 記号と象徴 が面白かったので
苗字のことをじっくり書いてみたいと思いながら
最近 ちょっと風邪を引いて へろへろしていたので
とりあえず 書きます。

日本だと 結婚して 姓が変わる。
これって ある意味象徴的です。
日本では女は三界に家なし と言います。
家にいては 父に従い 嫁いでは夫に尽くして 老いては息子。
今はそんなこともないのでしょうが それでも 名前が変わる
というのは どんな感じなんだろう。
実は 一度くらい姓が変わるのもいいな と思った。
自分の意思で変えようと思えば変えられる。
でも 夫の姓 スペインの姓をカタカナでおくと
そのあと パスポートを作る時 ローマ字表示にしなければならない。
すると ものすごく 変な名前になる。
たとえば wrightさんだと raitoさん とかね。
だから やめた。
いや だから ってわけでもなく スペインだと 姓が変わらないからあえて変える必要がなかった。
戸籍だけ 独立した。
独立した時 実は好きな苗字に変えられるらしい。
どうせなら お公家さんみたいな 苗字に変えればよかったなーと 思う。
思うけど もしかしたら ビザを取る時 親の名前と違うと 面倒なことがあったかもしれない。

などと考えるけれど とにかく 姓が変わらないからか 本来的にそうだからか
なんとなく 『娘』的心境がちっとも変わらない。
私はまず 母の娘である という気持ちが強いかもしれない。
よく 自分の子供に母親のことを言うとき 『おばあちゃん』と言う、
でも私は どうしてか 80%の確率で 『私の母』と子供達に言ってしまう。
あとの20%は文脈上 どうしても あなたのおばあちゃんとしか言えない時。

それは 結婚前の30年以上を 結婚とは姓が変わること とインプットされているために
その メタファーから逃れられないのかもしれない。
とすると 離婚しても 離婚した という気持ちがわかないのかもしれない。
うーむ それは困った。
いや 困ることもないのか。

でも思うのは あまり姓名判断とかきちんとして作った名前でもないのに
けっこう姓と名の関係が良くて その名前をずっと保つことができてよかったと思う。

たとえば くみ さん が山口さんとけっこんして 山口くみ とか
まきこさんが 原さんと結婚して 腹巻 いや 原まきこさんになるとか
そういうこともあるわけですから。

象徴が状況によって変わりうるというこを書きたかったのですが。

 
また ゆっくりと。


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蛇口が ドアのノブ。
だれでも一度は水が出ないか 確認したくなる。
蛇口は水の象徴。

我が家の 斜め前の家です。









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by cazorla | 2015-10-01 05:14 | 思うこと | Trackback | Comments(6)

光と影

今は闘牛の季節でもあります。
光と影。
建物が石でできていて 表面を一色に塗っていると
はっきりと影が見える。
影を意識する。
それは 光を意識すること。
光が強いから なんとなく暑い国というイメージがあるけれど
ここは ほぼ北海道と同じ緯度。
だから紫外線も弱い。
皮膚癌もそのぶん少ない。
日本在住のオーストラリア人が 10年の間に 二度皮膚癌の手術をしたと言った。
ごく普通のことらしい。
ここでは あまりそういう話は聞かない。
もちろん まったくないわけではない。
光だけが ガンの原因ではないから。
たまに 観光地に行くと 日本人の新婚さんカップルを見る。
女性が 幅の広い帽子 帽子の下にタオル 
長い長い手袋をつけて しっかり 守られて歩いている。
かなり 違和感がある。
ご苦労様 と声をかけたくなる。
そして その下に つけまつげをつけた(それも長い長いつけまつげ)目がちらっと見える。
そういう時 日本は遠くなったなと感じる。
8年 帰っていない。
実家がなくなってからは
母がこちらに来てからは 帰る口実もない。

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以前 ミハエルエンデの対談で 『ドイツには インヤン という思想があります』と言っていた。
インヤン  って陰陽でっしゃろ。
ジョンウォンという中国人チェロ奏者が コンサートで
バッハは ドイツ人のくせに 陰陽の思想を良く理解したすばらしい作曲をする
と言っていた。
どっちもどっちのような気もするが やはり ドイツには かなり長い年月のインヤン思想があるのかもしれない。
日本は 頭でわかっていても 実は もっとのっぺりと浮世絵的な感覚のほうが あっている。


以前 ノーと言えない日本人という本がベストセラーになったけれど
どこの国の人であれ やっぱり 相手が イエスを100パーセント信じてる場合は ノーというのは難しいと思う。
そして スペインの文学なんて読んでいると やっぱり どちらでもとれそう表現が ある。
意外と あいまいなところもあるのだ。

それは 純粋なる一神教のプロテスタントではなく
ローマの時代を引きずって 聖母信仰を捨てきれない
さりげなく 多神教のスペインの土壌なのだと思う。




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窓からの風景。
ひさびさに。
この窓の横に わたしの机があります。

ちなみに 光と影という飲み物がスペインにあります。
コニャックが影で 透明のお酒 確か アニス種が光
この二つをミックスするという 火を噴きそうな飲み物です。
朝ごはんにこれを飲んで仕事をする。 建設業の方たちの伝統。



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by cazorla | 2015-09-19 05:57 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(4)

ひとり

日本に住んでいる時 スペイン人の知人 Cが 突然 新宿駅のプラットフォームで吐いた。
別に酒を飲んでいたわけではない。
ただ 雑踏の中で吐いてしまった。
その時 在日スペイン人関係の人たちと話したら
だいたい 13年目に 起きることらしい。
もちろん 起きない人もいる。
Cは かなり日本好きだし
収入もいいし
大学等の講師というめぐまれた環境で生活している。
そして ふつうの焼き鳥屋などに行く。
うちの夫とは まったく別人格。
日本語もぺらぺら。
しっかり 日本社会に溶け込んでいる と思われていた。

その後 落ち着いて いまも日本に住んでいる。
だから 一過性のもの。
そうなのだけど。 
日本とスペイン。
文化も考え方も違う。
それはそうだと 受け入れ 楽しんでいても
自分でもわからないところで ストレスが たまっていくのだと思う。

ラジオに出て スペインの変なところなんかをペラペラ話して 
馬鹿受けして よろこんでいたり
新聞に取材されて いい気になっているようで
そういうことをして なんとか この状態を受け入れようとしているだけなのかもしれない。

外国人であるというだけで だいじにされたり
特別扱いされたり
ある意味 自国に住んでいるより らくでもある。
わからないことがあっても 無知だとは思われず 外国人だから って
見過ごしてもらえる。

たぶん 言えない言葉がある。

つまるところ

わたしねー 実は一人でいたいんだ。
ひとりでいるほうが好きなの。
ひとりにしていて。
お願いだから わたしのこと ほっといてほしいの。
わたしは 小さい時から 一人っ子で ひとりでいることに慣れていた。
だから 一人でいるのが気持ちいいの。
一緒に行こうなんて言わないで。

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ああ 疲れた。


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by cazorla | 2015-09-17 05:47 | 思うこと | Trackback | Comments(4)

うつくしい 海

もちろん カメラを持っていくつもりであったが 忘れてしまった。
車に乗ってすぐ気付いたので 本当は 引き返して 取ってくることは可能だった。
それでも まあ いいや と思ったのは
8月の海があまり 魅力的ではないと内心思っていたからだろう。
その海にたどり着いたとき 持ってこなかったのを後悔した。

美しい 

そう 思った。

風の強い日で 黄色い旗がはためいていた。
海が荒れて 白い泡が 立ち上がっているから美しいと感じたのか。
そこは もうねっとのおかげで かなり知る人も増えたとは言え
まだ 野生の海であった。
石がごろごろとしていて
朝 8時過ぎには 人がまばら。
筋金入りの 自然主義者が 数人いた。
あそこに 刺青をする人がいる と話を聞いたことがある。
あそこにするときは しっかり硬い状態でないと 彫れないという話。
でもまさか そんなところに彫り物をする人が存在するとはおもってもみなかった。
いきなり 浜の入り口で それを見る。
もしかしたら シールだったかもしれない。
確認は無理である。
無邪気に おじさん それほんものと聞くのか?
そして 5匹の犬 大小 を連れた カップル。
その周りにちらかっている大小の固形物。

波が激しいとはいえ 地中海の水は暖かい。

野生の海だから うつくしい とおもったのだと思う。
まだ 多くの人に踏みしめられていない海。
もちろん 8月であるし
ネットのために もう かなり多くの人に知られている。
それでも まだ。
人が 踏むことによって汚れるのだ。
多くのものが。
たとえ それが 大事に保護されて 塵一つ落ちていない状態であっても。

それは まだ 本人が美しいと気付いていない処女にも似ている。
人が さわれば 汚れるのである。
たぶん。

うつくしい 海 だと ひさしぶりにおもった。

カボデガタの カラデプロモ。(アンダルシア アルメリア)

自然公園のなかで ひそかに 存在している海。

だから 父島に 飛行場ができなかったのは朗報である と改めて思う。
いつかもう一度行きたいとおもっている父島。
老後をそこで過ごすことを たまに 思い浮かべながら。

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by cazorla | 2015-09-01 20:27 | アンダルシア | Trackback | Comments(4)
湯沸かし器というか 電気ケトルっていうんですね。
スペインでも ケトル エレクトロニコって スペイン語と英語ミックスなんで
なんや けったいな名前 と思っていたら 20歳のAちゃん (日本人)が 
電気ケトルのことでしょ と 言うので
そっか 日本でも ケトルなんだーと。
いえ 意外と日本とスペインって似てるかも。

それはそうと 母も電気ケトルを使っているんですが
最近 どうも 使ってる様子がないんで きいてみたら
部品が二つ 落っこちて それを私に 渡した時に、
『今度 説明書読んで つけるから それまでは つかわないで。』
と私が言ったので つかわないでお鍋で沸かしてると。
二つも部品が落ちたらどう考えても (こんなシンプルな構造の機械なんだから)
機能するはずがないと思うので それはなにかの思い違いと思うのだけど
なんせ 私も脳腫瘍のある身で もしかして 私の脳の欠落かと
少し 心配になったりする。
とにかく 本人は そう思っているのだから
うちの 電気ケトルと交換する。
鍋でいちいち沸かしたら あぶないし 時間もかかるし。

夢と現実が ごっちゃになることって
普通に40歳50歳でもあるし
4歳5歳だと もっとある。
だから これは あえて 認知症というほどのことでもないのだと思う。
おしゃべりする人がいるわけでもなく
暑いし。

そう ほんとに暑くて 母も食欲がないので 
ちらし寿司を作った。

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彩りとして緑がかけているけど
タラの身で そぼろも作った。
なぜか 錦糸卵がうまくできなかった。
なぜだろう。
普通の ワインビネガーだったけど 十分に 日本の味ができたと思う。
いまでは こんな片田舎でも 海苔が売っている。
日本からの輸入品。

母も おいしいおいしい と言って食べた。

本を読まなくなっていた母が また 本を読むようになった。
それが とてもうれしい。


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by cazorla | 2015-07-22 07:17 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(6)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla