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理想の夫。

息子です。
ミックスの子供でもはっきり見えることそうでもない子といる。
長男は比較的日本人顔だったのだけれど それでも子供時代は髪の毛の色が薄くて
ええ ハーフでしょ?
ええっ 国際結婚ですかぁ
と 日本在住の時はよく聞かれた。
国際結婚って言葉
よく考えると変な言葉だと思う。


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スペイン語にはないことばだと思う。
前王様もギリシアのお姫様と結婚してたわけで 
皇室は 国際結婚が多い。
身分を限定しちゃうと 選択の範囲が狭まるから なんとなく国際結婚になる?
デンマークの王室には 中国人と結婚していた王子様がいたそうで
そのお子様は とても可愛いそうです。
オランダ?では アルゼンチン人と結婚した王子様がいる・・・んだよね。

国際結婚してよかったですかぁ と聞かれることがあるけど
私は 我が夫は最高の夫で 一緒になってよかったと思うけど
それが たまたま スペイン人だった
それだけのことだったと思う。

外国人と結婚するのは
やっぱり ある程度 男性経験を積んでから がいいと思います。
経験が多いと 男って だいたい こんなもんだなーって わかるから。
そう思います。

一人で 世界中 どこでも行ける人が
女でも男でも
いいと思います。
国籍関係なく。

それから その国の習慣。。。
スペインは だいたい 女性の実家に夫が行くというか
夫は ただひたすら 妻の母親にサービス サービス の国ですから
その点は よかったと思います。
母がこっちに来て 母にとってよかったかどうかはまた別の問題ですが
母を大事にしてくれるし
まず 私は 母の介護が第一で
夫の方の家族に関しては 彼の妹たちがする。

母 最近は 歩いてます。
少しずつ。







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by cazorla | 2016-02-24 00:39 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(14)

体から出ていく 力

小鳥のさえずりで目が覚める。
そういう環境。
水飲み場に来る鳥の その水の飲み方がなんとも愛らしく
それを写真に収めようとすると あっという間に飛び立つ。
願力って言葉があるけれど そういうものを感じるのだろう。

見る
話す
聞く
体から出ていくもの。
ある種の力が 波が 出ている。

昨年 特別に寒くないのに バターが なかなか柔らかくならなくて困った。
バターをポマード状にして 卵と混ぜる というのがなかなかできなくて
ドイツにいる方のレシピ〜だったのだけれど
もしかして ドイツは寒い国だからこそ 台所は 暖かくしているのだろう
と思っていた。
今年になって 案外 簡単にバターが柔らかくなる。
バターの成分が変わったのか と一瞬思った。
力のない主婦のいる台所は 寒かったのだ。

母の家の ジャングルのような観葉植物にも力がなくなっていた。
倹約をして 暖房をつけていないから そう思っていたが
あるじの力のたるみが 家の雰囲気を変える。
ちょっとした幸せに 心を満たしていけば
少しずつ 変わるかもしれない。

母が今日は とても機嫌がよかった。
車椅子を押して 廊下を 歩いていたが
そのあと 私の手をとって 歩き始めた。


「気持ちが ふわーんって感じて 歩いてみたら 歩ける。
昨夜は 城山の夢を見たよ。 (城山は 母の実家のある街の山)
夕暮れ時で どんどん 暗くなって 早く帰らないと 大変
お母さんに叱られる と思って 
一所懸命 歩いたの。』

もう直ぐ 春になる。
春になったら ティトのお店に焼き物を買いに行こう。




ただ 困ったことが一つ
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by cazorla | 2016-02-11 01:34 | 思うこと | Trackback | Comments(10)

達磨とお茶 

母はスペインに来る前に 百均で だるまを五つ買った。
目のない あのだるま。
一年 生きたら一つ目を入れるのよ。
10年生きる が 彼女の目安だった。
だるまは 家のあちらこちらに 散らばっていた。
目のあるのも 片目のも 両目のもいた。
年末 突然 片付けを始めて そして だるまさんは五つ
本棚に 並んだ。
両目を 描かれた五人の達磨。

そうか 10年目のお正月。

彼女の気持ちの中で 10年は一区切りされたのか。
それとも 一区切り しようと 頑張って掃除をしすぎて
ダウンしているのか。

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夫の元教え子である Yさんから 年末にお茶が送られてくるようになった。
昨年暮で 三つ目のお茶が送られてきた。




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とても美味しいお茶で 母は とても楽しみにしている。
お茶が来ると セグラ村で 有機栽培している小豆を買ってきて茹でる。
小さな あんぱんを作って いただく。
これが 毎年 暮の行事になった。

写真の左の青い 夏を思わせる柄が 今回のもの。

母は これ コレクションにするの と言う。

そう 3個ではまだ コレクションとは言わないから 
これからも 生き続けて お茶を待ちましょう。


小さな 達磨を 五つ 作ってみようかと思っている。
これから また 新しい10年に向かって。


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by cazorla | 2016-02-04 18:27 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(4)

一人の部屋

公平な意見を言えば 母は父にそんなに親切ではなかったと思う。

父は 母より4歳年上だった。

屈強な病気しらずの男であった父は その特徴を持ち続け つまり 病気になった時

それと付き合う方法を持たなかった。

かなり 怖がっていたと思う。

多分 60になって 胃がんが発見され 二度手術をした。

大食漢であったから 胃に癌ができるのは当然と言えば当然であった。

二回目の手術で 胃を完全に取り除いてしまった。

そのあとも 食欲が特に減退したとは 言えなかった。

やはり 恐怖が心の安定を崩してしまったのだろう。

ある時期から 幻視が始まった。

虫が這っている。

爪の間から 虫が出てくる。

足の爪から。

爪を一日中 切っていた。

クリームをなすりつけ 爪を切り

スリッパや床をべたべたにしていた。

ふと ミミズさんの記事を読んで思い出した。

幻視。

まるで アルコール中毒患者のように 虫が見える。

それは アルコールを わずかでも口にしていた人たちの

共通項なのだろうか。

母はそういうことに寛大ではなかった。

ちっとも寛大ではなかった。

父は 母の誕生日に亡くなった。

『今日は 私の誕生日よ』

と 言った時

頭がちょっと変になっていた父が その瞬間には

とても普通で とても優しく笑って

おめでとう と言って それから急に息ができなくなって 亡くなった。

これ以上 母に迷惑をかけないための 誕生日のプレゼントのように

静かに 突然 死は訪れた。

母は 父とは違って 幻聴がある。

母の家の上は ペントハウス(アティコ)で そこには 65歳をちょっと超えた女性が住んでいる。

女性は かなり厚化粧で 恋人が いや ボーイフレンドが 数人いる。

一人は 背の高い トルコ人で 駐車場の指定されてない場所に車を置くので有名だ。

それから 歳をとった スーパーマーケットに一緒に行くボーイフレンド。

それから。。。。

まあ いい。

そういう風に いつも 男たちが そこに来る。

時として 彼女がいないので タバコをふかして その吸殻が母の家の前に落ちる。

ペントハウスのベランダで 男と話す声がうるさいと母が言う。

母は もう 耳が遠いので そういう声は聞こえないと思うけど

そうそう 彼女はモテるから とか 適当にいう。

お向かいの夫婦の夫婦喧嘩がうるさいという。

道は 普通の車道で 歩道もあるから かなり距離がある。

おまけに今は 寒くて 夜は 窓を閉め切っているので 聞こえるはずもないけれど。

私は 話しかけても 聞こえないことが多いのに 母は 聞こえない声を聞いて 不愉快になったり

楽しくなったりしている。

できれば 楽しい幻聴だけを聞いて欲しいのだけれど。


母は 若い時 シャルルボワイエが好きだった。

日本映画はほとんど見ず 洋画ばかりを見ていた。

そんな母だからか

母は スペインに来る前に ちょっとだけ 期待したというのだ。

恋人ができるかもしれない。

大きなバラの花束を持って 現れる恋人が。

スペインに住み始めて 2年目に 話してくれた。

『バカね。 言葉もできないのに そんなに簡単に 恋人ができるわけないわよね。

若かったら また 別だろうけど 歳をとっての恋は やっぱり 

話して楽しい相手 と ってことになるわよね。』


だから 幻聴は 上に住む女性の恋人とのむつましい会話であったり

お向かいの夫婦の口論だったりするのかもしれない。


一人の時間が多すぎるのだ きっと。

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by cazorla | 2016-02-03 03:25 | 思うこと | Trackback | Comments(8)

歩いていると 私より 少し先に 中年の男性の背中が見える。
家から 年をとった女性が顔を覗かせる。

『あの 今 何時ですか?』

家から出てする質問としては ちょっと変なので
男性は スタスタと歩き続ける。

『すいません、
あのー 今 何時ですか?』

家の中に時計がないのだろうか。

男性がやっと 答える。

『えっと 三時 十五分だよ。』

『ああ ありがとう。 三時十五分ですね。
四時に 孫が来るんですよ』

女性は一度 中に引っ込む。

しかし 私が 前を通りかかると また 顔を覗かせて
質問する。

『あのー 今 何時ですか?』

二分も経っていないと思う。
それでも答える。

『えっと 三時 十五分をちょっと過ぎたところです。』
『ああ ありがとう。
いえね 四時に 孫が来るんです。』
『お孫さん おいくつ?』
『12歳と9歳。
私に何か持ってきてくれるみたいなんですよ』
『そう それは よかった。
素敵な午後をお過ごしくださいね。』

時間を訊く。
それが 世界と結びつくただ一つの共通点のように。

母が 夏頃から よく 日付をきいてきていた。
今日は なんにち?
今日は 何曜日?

時として 朝 教えたばかりなのに
お昼にもう一度聞く。
夜にまた聞く。

カレンダーの日付を消す。

ああ 間違えて 明日のを消しちゃった。

ええっと 今日はなんにち?

それが 世界との ただ一つの共通の話題ででもあるかのように。

それは きっと 今にも その話題が途切れたら もう世界と結び付けない
そんな 危険を持っていたのかもしれない。
ほんの少し 気をつけてあげるべきだったかもしれない。
危うくて あやうくて
うまく バランスを取れなかったのかもしれない。
転ぶ可能性は そういうところに隠されていた。

秋の終わりに 朝顔の種を取ってきた。
12年前 この村に朝顔はなかった。
10年前 初めて 朝顔を見た。
毎年 少しずつ 増えてきた。
9月の新学期に忙しくて 種を 取り損ねていた。
でも 昨年は しっかり 待って 取った。

母のところに持って行って 来年 一緒に植えようね と言った。
小さな ガラスの瓶に入れて 大事に 植えられる日を待っている。

小学校の夏休みのように 朝顔の成長絵日記を書くのもいいかもしれない。

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by cazorla | 2016-01-26 03:15 | 思うこと | Trackback | Comments(19)

生きる力

少女時代を一緒に過ごした犬がいる。
黒い柴犬。
これ以上 頭の良い犬はいないと断言できるくらい賢くて
ユーモアのある犬だった。
犬嫌いのおばさんに出会うと
近寄って お尻をクンクンして
うわっ 臭いって顔で 体をよじって
失神するふりをする。
周りで それを見てる人は 笑いをこらえる。
おばさんは 大急ぎで逃げるように 去る。
誰しも パンツのにおいに関しては 自信を持って無臭だとは言えない。
夜 私が寝ていると 時々 きて 布団をトントンする。
それは 私が寝相が悪くて 布団を脱いでしまうから。
冷蔵庫だって開けられた。
朝 日の昇らないうちに 出かけて 一緒に山を走り回った。
昭和40年代の地方都市は 野犬もまだ多かった。
だから 私たちの散歩には 30匹の野犬がお供をした。
私の犬は 彼らの王だった。

だから 彼が年取って おまけに睾丸に顔を患い 歩けなくなった時は 悲しかった。
彼を抱っこして 思い出の場所に連れて行って 
ほら ここ 一緒に歩いたよね と言った。
その時は もう私は実家に住んでいなかった。
『僕は もう 歩けないんだよ』
と 彼の目は 語った。
それでも諦めず 腕に抱えて歩き回った。
彼は 悲しそうに 私を見ていた。
そして 食事をするのをやめた。
大好きな 赤身の牛肉も もう彼には なんの魅力がなかった。
そして 静かに 私の腕の中で死んでいった。

歩いて と願ったことは 彼を苦しめただろうか。

母が倒れた。
年末にc一度倒れて 痛い 痛いと言いながらもなんとか起き上がった。
そのあと また 倒れて トイレに行くのが苦痛のようだった。
夜だけでも オムツをしたら と言ったら
目が急にきつくなった。
これは プライドの問題なんだ。
そして また 倒れた。
冬は 体が冷える。
筋肉が冷える。
うまく 足が動かない。
倒れやすい。

母の脚をマッサージする。
信じられないくらい 冷たくなっていた。
爪が伸びていた。
そういうことを気をつけてあげていなかった。
爪を切ってあげる。
マッサージを続けて 足がだんだん温かくなる。
ポータブルトイレを部屋の片隅に置くことにする。
母は 承諾した。
母は もう 5mの廊下を歩いて行くのが苦痛なのだ。

それでも 歩かないと 本当に 歩けなくなるから 練習しようと言うと
母は 悲しそうな顔をする。
痛いよ という。
もう あまり本が読めなくなった と言う。
耳が遠くなって テレビもよくわからなくなった と言う、

それでも 生きていてほしいと思うのは 娘のエゴであろうか。

それでも 私が 用意する食事を美味しい美味しいと言って 食べてくれる。
おいしいと感じること。
オムツをつけない と頑張ることは
生きる力なんだと思う。


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by cazorla | 2016-01-17 16:54 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(22)

アンパン

久しぶりに小豆を炊いたら
柔らかくなる前に砂糖を入れてしまって
どうしたものだと思って
ブレンダーにかけて
煮溶かして 寒天と混ぜて 羊羹にしようとしたら
寒天の使い方忘れていて
うまく溶けず 羊羹にならなかった。
でも 手を加えていたら なんとなく
こしあん風になったので 
あんぱんを作る。


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セブンイレブンだったか
どこかの コンビニで売っていた 生クリーム入りあんまんを 思い出した。
急に。
疲れすぎた日の夜 買って食べた 生クリーム入りのあんまん。

母と娘と 美味しくいただきました。
女3人は アンパンが大好きです。

母が 10年前に頑張って作ろうとしていたセーター。
もう 編み図もなくなって 続けられないから どうしようと。
解くしかないでしょう。
後ろ身頃と袖。
もう少し ましな娘であれば 編み図がなくてもなんとか 前身頃を適当につないで
完成できたでしょうけれど。
解きながら なんだか 悲しくなりました。

明日 マドリッドに行きます。
日帰りの一人旅。
娘が家にいるので 母を任せて 行きます。





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by cazorla | 2015-12-21 04:07 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(12)

平等教育の中で

前回の記事。
長男のモロローグ。
息子たちは カソルラから1時間半ほど離れたハエンのコンセルバトリーに週二回行く。
だから 車の中で おしゃべりをする。
先日 哲学の試験の1日前で 試験のテーマはプラトンだった。
ソクラテスはなぜ死ななくてはならなかったか。
それで 息子は いろいろと話し始めたのが あのモノローグ。
フランスの自治体選挙で 極右政党がのし上がっていることにも胸を痛めて
最近は 政治にも少し興味を持ち始めている。

話し終わった息子に夫が言った。
『君は だから 良い人になれるね。
それは とてもラッキーなことだ。』

そう来るか。
いや これはチェスじゃない。
良い人になれる。
わたしはそんなことばは出てこない。
夫は 自分を カトリックだとは言わない。
私たちは 教会に行かないし
子供達も 洗礼を受けてない。
それでも 夫は 1960年に生まれ 他の人たち同様 洗礼を受けた。
カトリックが 肉体に染み付いている。

こういう 経験があるからといって 必ずしも 『良い人』になれるとは思わない。
いじめっ子は いじめられっ子だった経験のある子が多いともいう。
だから こういう経験が いいとも思えないけれど とにかく
平坦ではないものの見方は できるようになるとは思う。 

私はカトリックの国に住んでいる。
カトリック的考えを否定しようとする動きももちろんある。
でも それは アンチ という兜をかぶった 一つのカトリックの形のような木がする。
私が住むハエンは アンダルシアの中では寒い冬をたまに我慢しなければならない。
カソルラは特に山に囲まれているので もともとは 農業的には 貧しかった と思う。
中世に 一度 可なりの飢饉になって多くの人が死んだ。
その時 カトリックであることを条件に ドイツから移民を受け入れた。
だから 見た目は ドイツ人かい? という人に出会う。
まず 青い目の人が多い。

カトリックの中でも いろんな集団がある。
それぞれに 役割があったり する。
あまり 詳しくないので 何も書けない。
信者の方も エルマンダ というグループ分けがあって
この小さな村にも 三つ エルマンダがある。
それぞれに 例えば お祭りのことなどで 意見の食い違いがあったりして
いろいろ 摩擦があったりする。
それでも
まあ とりあえず 僕たち 同じカトリックだし ということで
なんとなく つながっているのが カトリックの国だと思う。
いろんな面で 結構 ゆるいのだ。

イスラムの人たちに関しても 彼らも イエスやマリア様が 聖人の中に入っていて
まあ いうなれば どっかで繋がってるわけで
と 意外とゆるく 繋がってると思う。
ただ イスラムの人たちは 偶像崇拝は禁止なんで カトリックなんて
邪宗であると思ってるかもしれないが。

そういう ゆるく繋がった カトリックの国には いじめは 少なかった。
それが 1990年に スペインを放浪した時の 印象。

カトリックの力が衰えたのと同時に
理想的教育が 広がってきた。
理想主義的教育。

平等 自由 権利。

本当に平等なのか
自由なのか

日本もそうだった と思う。
自由だ 平等だ と言い始めた時
いじめが始まった。
平等だ といっても それは 権利の問題で
法の元に平等というだけなのに
みんな同じ という言葉だけが一人歩きし
現実との格差に 苛立つ。
カトリック社会が最高とかいう話ではない。
土着的社会にあっては アイデンティティを認識するのが簡単だったのではないかという話。
『自分を探して旅に出ています』という本が 日本で出たのが 80年くらい。
探すしかないと思う、自分を。
誰かを 攻撃するのではなく。

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by cazorla | 2015-12-14 04:46 | 思うこと | Trackback | Comments(2)

プート チノ

地域によって ある物事の持つ意味合いが変わる。
それが持つ価値とか。
そういうもの。
サッカーとバスケットボール。
アメリカ合衆国では バスケは 貧しい地域にも あのカゴがぶら下がっていれば出来るスポーツ。
女子サッカーなんかは どちらかといえば 中流子女のスポーツ。
『トラベリング パンツ』という 心温まる合衆国の小説の主人公の一人が 女子サッカーをしていた。
でも スペインでは バスケの方が セニョリートのスポーツ。
それでも どこの町にも サッカー部がある。
それは 学校に属してるのではなく 自治体に属している。
カソルラは コマルカ(この山村地方全体)の中心の町であるから
ほんの少し 気取って バスケットに力を入れている。
だから サッカーには あまり経費を割いてない。
コーチも 特に資格を持ってるかどうか どうでもよくて
少ない給料で 我慢してくれる人なら 誰でも良い。
そのせいか 雰囲気があまりよくない。
ちゃんと 見てないから 元気な子供達の好きなように 勝手にチームが運営されていく。
うちの息子たちは 成長が他の子供より遅い方だったので 小学校低学年の時は 苦労した。
ピアノをしてるから ゴールキーパーは絶対 してはいけないのに 無理強いされたり
いじめられたりして 泣きながら帰ってきていた。
だから 車で20分の隣の村のサッカーチームに入れた。
隣村は 観光も何もない普通の農村。
だから ごく普通に サッカーが 一番大事な スポーツで
コーチも ちゃんとした人がいて きちんと トレーニングしてくれる。
そうやって もう7年くらい。
それが原因で カソルラの学校でいじめられることもあったけど
すっかり 大きくなったから 『直接』のいじめはなくなった。

先日 息子たちがプレイしている トゥヒアと カソルラの試合があった。
4対0で 息子たちが勝った。
夜 夫がいない時に カソルラの子たちが ドアをガンガンと叩いて

プート チノ と叫んで 行ってしまった。

プートというのは 相手を侮蔑する時に使う言葉。
プータが 売女で その男性型である。
チノは 中国人。
典型的な 罵倒である。

もしかしたら チームの子ではないのかもしれない。
そうやって つるんで 同じ目的
同じ笑い
同じ文脈でつながっていることに 心地よさを感じているのだと思う。

多くを語る言葉を持たない人たちのつながり。

ただ 誰かを 誰かと一緒に攻撃したい という気持ちがそこにあるだけだ。
それは 差別ですらない。


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by cazorla | 2015-12-10 08:03 | カソルラ | Trackback | Comments(12)

開かれた街を目指して。

今日から 長男エンリケは バルセロナです。
ピアノのレッスンを受けるために一人で 電車に乗ってバルセロナに。
そして それからバスに乗って アカデミア近くのホテルに行く。
17歳の冒険。
来年は 受験です。
これから 幾つかのレッスンを受けていかなくてはならない。
先日 パリで テロがあった。
犯人は 少年たち。
何人かは シリアの偽造パスポートを持っていた。
でも テロリストは パリで育ったフランス人。
地元で イスラム国によって リクルートされる。
先日 バルセロナで 数人がリクルートされたらしい というニュース。
地元の子の方が 土地勘があるし 言葉もわかる。

パリとバルセロナにある共通点。

2000年にスペインで住み始めた。
長女マリアが 4歳 長男がもう少しで2歳になる時。
その時 すぐに買ったのがこの本。

Controversias en la educación española
Alvaro Marchesi

コンプルテンセ大学(マドリッドの国立の大学)の教育学の教授の本です。
その中に 理想的な学校を作るための都市計画について書かれていました。
興味深く読んだのは ちょうど私たちが 済んだ マドリッド郊外のアルカラデエナレス市の新興住宅地が
このプランにかなり似ているからです。
ひとクラスに イスラム系移民の子 東ヨーロッパ系移民の子 ジプシーの子 貧しい階級の人 中流階級が
どのくらいの割合で混じっているのが理想的か そのためには 公団住宅(スペインでは 二種類あって 条件を満たせば無料で住めるところと 収入によって 値段が変わるところとある。) と 普通に売られているピソの割合等 街を作るときから
学校のクラスの構造を考えながら計画していくというプラン。
残念なことに 思う通りには できません。
というのは 中流階級は 少しくらい遠くても ジプシーやイスラム系がいない学校に連れて行ったり
イスラム系も お金があって 厳格なイスラム教徒の場合 私立のイスラム教の学校に連れて行くからです。
それでも 中流でもこういう学校がいいなっと思う人たちはメンタルが広がっていて いい雰囲気でした。
そして この理想的な割合が 守られるために ある程度の移民の制限はなされるべきだというのが
アルバロ マルチェし氏の考えでした。

私たちが 住んでいた時期は この理想的な割合が保たれていましたが その後 イラク戦争が始まり
保守党が敗退し 社会党になってから 『人類愛』的 政治展開になって 多くの移民が 入ってきました。
移民自身も 大量の移民が入ってくることには反対でした。
というのは やはり賃金が下がる
多くの働き手がいれば 賃金が下がる。
そして 誰でもできるような仕事は 移民が請け負い 貧しいスペイン人の仕事がなくなる。
それは 差別につながる。

ハーモニーというのは 音楽の世界だけでなく 大事なことだと思います。
ただ 今 ハーモニーなんて 時代遅れだと ヒンデミットが世界のハーモニーを
作曲した時点で言われていたことですが。

このプランの最も大事なことは クラスの子供達の割合。
つまり 中国人街 イスラム系の人たちの地域 とか そういう地域を作らないこと。
スペインではほぼそれが成功していると思います。
そういう極端に閉ざされた地域がない。

唯一 バルセロナにだけ イスラム系の地域がある。

それが パリとバルセロナの共通点です。

少し歩けば 美しい街がある。
そこに 閉ざされた人々。

うちの息子は モロッコ人の子供達と仲良し。
いろいろと宗教のことも教えてもらって かなりイスラム教にも詳しい。
そんな息子が一人で バルセロナに行くので
夫が 『バルセロナのイスラム系の人は カソルラの人とは 違うんだから 気をつけろ」
と言う。
できれば 巻き込まれない方がいいと思っている。
いつどこで発砲があるかもしれない。
息子はちょっと緊張した。

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カソルラのジプシーの家のある路地。
ちょっと寂れてるみたいだけど この隣は パジョ(ジプシーではないスペイン人)
その向こうが ドイツ人。



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by cazorla | 2015-11-20 21:30 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(8)