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異国に住む人

今日は 久々 プールで泳いできました。
今回の風邪は長かった。
2週間くらい風邪をひいてた。
体が弱ると 気持ちもネガティブになるんですね。
やっぱり 異国に住めば ストレスがあると思う。
スペイン人が日本に住んでも
アメリカ人がイタリアに住んでも
よしもとばななの小説で 『外国に住んでる人特有の老け方』という言葉。
ある種の 疲れが染み付いた老け方をするのだと思う。
日本人は若く見える という伝説があるけど
それは あまり当てにしないほうがいいと思う。
そういうことは また別の機会に。

異国に住むストレスのこと。

マドリッドで 弁護士をしている知人。
正確に言えば 夫の大学時代からの親友。
彼は だいたい日本が好きだし 空手も黒帯で おまけに奥さんが日本人だから
顧客も 日本人が 多い。
ビザ関係なんかのお手伝いをしてる。

日本人の女の子が もうすでに女の子ではなくなって そのまま 住み続けると
やっぱり かなり ストレスが重なる。

先日の相談事。

『大家さんが 部屋の鍵を勝手に開けて ゴキブリを入れるのですが どうしたらいいですか』

まず マドリッドで ゴキブリは かなり 少ない。
少なくとも 私は 三年間 マドリッド郊外で見たことはない。
スペイン全体でも少ない。
12年のアンダルシアでの生活でも見たことはない。
飲食店が倉庫代わりに使っている廃墟ならいるかもしれない。
第二に 大家さんが 『自分』が所有しているアパートにゴキブリを入れて
自分の財産の価値を下げることはしないだろう。

だから弁護士は それは何か 勘違いをしたのではないか と言った。
彼は とても親切な 弁護士なので 彼女の家に行って ゴキブリを探した。
もちろん 一匹もいなかった。

彼女は 昨日はいた と主張した。

そして 二日後にまた 来て 『また ゴキブリを入れたので 告訴したい』と言った。


一人の」時間が長いと 妄想に入っちゃうんだ。

ついつい忙しくて 母とおしゃべりする時間が少ないと
母もちょっとおかしくなる。
母は 88歳だから トイレが近い。
夜中に眠れないとなんども行く。
するとお隣の人や 下に住んでる人が 壁や天井を どつく。
そう思っている。
母は 耳も遠くなっているので 母が 聞こえるくらい叩くと
壊れるくらい 壁のペンキが落ちるくらい 強く叩いたことになる。
それから お向かいに住んでる夫婦が夜3時におしゃべりをしてうるさいという。
お向かいと言っても道路を挟んで向こう側なんだから 聞こえるはずがない。
私が住んでる 旧市内は 道路が狭く お向かいの人がベランダに出れば
お話ができるくらい近いけれど 母のピソからは 相手に怒鳴ってもなかなか 聞こえない。
そのくらいなのだから 耳の遠い母に 夫婦の会話が聞こえるはずがない。
そう言っても 怒るだけなので 適当に相槌を打って
そして 一緒にいる時間を長くすると 
だんだん そういう不平はなくなる。

既婚の友人 日本女性は 友人に男の人を紹介した。
30過ぎて マドリッドで一人暮らしの女友達が職場と家の往復で
なんとなく 寂しそうだと思ったのだそうだ。
2回ほど 食事に行った後 関係は全く消滅してしまった。
合わなかったのだ。
合わない というのは よくあること。
でも 彼女は 毎日 この既婚の友人に電話をかけてくる。
あなたのせいで 辛い思いをしている。
と。


本当は ちょっと視点を変えたり 気分を変えるだけで 幸せになれるのに
と 思う。
ただ そうはいかない心の状態 というのもある。
同じところにいて 同じ風景を見ていても 全く違うもの。

私自身もちょっとネガティブになっていた。
9月。
15年住んで
最初はちょくちょく帰国してたけど
もう 8年 日本に行ってないし
帰りたいでしょ と訊かれる。
実はよく分からない。
帰りたいのは 1987年の東京かな?
目を閉じて そこにある風を感じる。
1987年の 静かな風。

そのうち 私自身が 風になるさ。



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ジプシーのおじいさんたち。
おしゃべりするでもなく こうやって じっとしてる。
カソルラのサンタマリア教会廃墟の前で。





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by cazorla | 2015-10-08 09:42 | 思うこと | Trackback | Comments(16)

たかが苗字 されど苗字

凪の風鈴 の 記事 記号と象徴 が面白かったので
苗字のことをじっくり書いてみたいと思いながら
最近 ちょっと風邪を引いて へろへろしていたので
とりあえず 書きます。

日本だと 結婚して 姓が変わる。
これって ある意味象徴的です。
日本では女は三界に家なし と言います。
家にいては 父に従い 嫁いでは夫に尽くして 老いては息子。
今はそんなこともないのでしょうが それでも 名前が変わる
というのは どんな感じなんだろう。
実は 一度くらい姓が変わるのもいいな と思った。
自分の意思で変えようと思えば変えられる。
でも 夫の姓 スペインの姓をカタカナでおくと
そのあと パスポートを作る時 ローマ字表示にしなければならない。
すると ものすごく 変な名前になる。
たとえば wrightさんだと raitoさん とかね。
だから やめた。
いや だから ってわけでもなく スペインだと 姓が変わらないからあえて変える必要がなかった。
戸籍だけ 独立した。
独立した時 実は好きな苗字に変えられるらしい。
どうせなら お公家さんみたいな 苗字に変えればよかったなーと 思う。
思うけど もしかしたら ビザを取る時 親の名前と違うと 面倒なことがあったかもしれない。

などと考えるけれど とにかく 姓が変わらないからか 本来的にそうだからか
なんとなく 『娘』的心境がちっとも変わらない。
私はまず 母の娘である という気持ちが強いかもしれない。
よく 自分の子供に母親のことを言うとき 『おばあちゃん』と言う、
でも私は どうしてか 80%の確率で 『私の母』と子供達に言ってしまう。
あとの20%は文脈上 どうしても あなたのおばあちゃんとしか言えない時。

それは 結婚前の30年以上を 結婚とは姓が変わること とインプットされているために
その メタファーから逃れられないのかもしれない。
とすると 離婚しても 離婚した という気持ちがわかないのかもしれない。
うーむ それは困った。
いや 困ることもないのか。

でも思うのは あまり姓名判断とかきちんとして作った名前でもないのに
けっこう姓と名の関係が良くて その名前をずっと保つことができてよかったと思う。

たとえば くみ さん が山口さんとけっこんして 山口くみ とか
まきこさんが 原さんと結婚して 腹巻 いや 原まきこさんになるとか
そういうこともあるわけですから。

象徴が状況によって変わりうるというこを書きたかったのですが。

 
また ゆっくりと。


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蛇口が ドアのノブ。
だれでも一度は水が出ないか 確認したくなる。
蛇口は水の象徴。

我が家の 斜め前の家です。









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by cazorla | 2015-10-01 05:14 | 思うこと | Trackback | Comments(6)

光と影

今は闘牛の季節でもあります。
光と影。
建物が石でできていて 表面を一色に塗っていると
はっきりと影が見える。
影を意識する。
それは 光を意識すること。
光が強いから なんとなく暑い国というイメージがあるけれど
ここは ほぼ北海道と同じ緯度。
だから紫外線も弱い。
皮膚癌もそのぶん少ない。
日本在住のオーストラリア人が 10年の間に 二度皮膚癌の手術をしたと言った。
ごく普通のことらしい。
ここでは あまりそういう話は聞かない。
もちろん まったくないわけではない。
光だけが ガンの原因ではないから。
たまに 観光地に行くと 日本人の新婚さんカップルを見る。
女性が 幅の広い帽子 帽子の下にタオル 
長い長い手袋をつけて しっかり 守られて歩いている。
かなり 違和感がある。
ご苦労様 と声をかけたくなる。
そして その下に つけまつげをつけた(それも長い長いつけまつげ)目がちらっと見える。
そういう時 日本は遠くなったなと感じる。
8年 帰っていない。
実家がなくなってからは
母がこちらに来てからは 帰る口実もない。

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以前 ミハエルエンデの対談で 『ドイツには インヤン という思想があります』と言っていた。
インヤン  って陰陽でっしゃろ。
ジョンウォンという中国人チェロ奏者が コンサートで
バッハは ドイツ人のくせに 陰陽の思想を良く理解したすばらしい作曲をする
と言っていた。
どっちもどっちのような気もするが やはり ドイツには かなり長い年月のインヤン思想があるのかもしれない。
日本は 頭でわかっていても 実は もっとのっぺりと浮世絵的な感覚のほうが あっている。


以前 ノーと言えない日本人という本がベストセラーになったけれど
どこの国の人であれ やっぱり 相手が イエスを100パーセント信じてる場合は ノーというのは難しいと思う。
そして スペインの文学なんて読んでいると やっぱり どちらでもとれそう表現が ある。
意外と あいまいなところもあるのだ。

それは 純粋なる一神教のプロテスタントではなく
ローマの時代を引きずって 聖母信仰を捨てきれない
さりげなく 多神教のスペインの土壌なのだと思う。




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窓からの風景。
ひさびさに。
この窓の横に わたしの机があります。

ちなみに 光と影という飲み物がスペインにあります。
コニャックが影で 透明のお酒 確か アニス種が光
この二つをミックスするという 火を噴きそうな飲み物です。
朝ごはんにこれを飲んで仕事をする。 建設業の方たちの伝統。



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by cazorla | 2015-09-19 05:57 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(4)

ひとり

日本に住んでいる時 スペイン人の知人 Cが 突然 新宿駅のプラットフォームで吐いた。
別に酒を飲んでいたわけではない。
ただ 雑踏の中で吐いてしまった。
その時 在日スペイン人関係の人たちと話したら
だいたい 13年目に 起きることらしい。
もちろん 起きない人もいる。
Cは かなり日本好きだし
収入もいいし
大学等の講師というめぐまれた環境で生活している。
そして ふつうの焼き鳥屋などに行く。
うちの夫とは まったく別人格。
日本語もぺらぺら。
しっかり 日本社会に溶け込んでいる と思われていた。

その後 落ち着いて いまも日本に住んでいる。
だから 一過性のもの。
そうなのだけど。 
日本とスペイン。
文化も考え方も違う。
それはそうだと 受け入れ 楽しんでいても
自分でもわからないところで ストレスが たまっていくのだと思う。

ラジオに出て スペインの変なところなんかをペラペラ話して 
馬鹿受けして よろこんでいたり
新聞に取材されて いい気になっているようで
そういうことをして なんとか この状態を受け入れようとしているだけなのかもしれない。

外国人であるというだけで だいじにされたり
特別扱いされたり
ある意味 自国に住んでいるより らくでもある。
わからないことがあっても 無知だとは思われず 外国人だから って
見過ごしてもらえる。

たぶん 言えない言葉がある。

つまるところ

わたしねー 実は一人でいたいんだ。
ひとりでいるほうが好きなの。
ひとりにしていて。
お願いだから わたしのこと ほっといてほしいの。
わたしは 小さい時から 一人っ子で ひとりでいることに慣れていた。
だから 一人でいるのが気持ちいいの。
一緒に行こうなんて言わないで。

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ああ 疲れた。


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by cazorla | 2015-09-17 05:47 | 思うこと | Trackback | Comments(4)

うつくしい 海

もちろん カメラを持っていくつもりであったが 忘れてしまった。
車に乗ってすぐ気付いたので 本当は 引き返して 取ってくることは可能だった。
それでも まあ いいや と思ったのは
8月の海があまり 魅力的ではないと内心思っていたからだろう。
その海にたどり着いたとき 持ってこなかったのを後悔した。

美しい 

そう 思った。

風の強い日で 黄色い旗がはためいていた。
海が荒れて 白い泡が 立ち上がっているから美しいと感じたのか。
そこは もうねっとのおかげで かなり知る人も増えたとは言え
まだ 野生の海であった。
石がごろごろとしていて
朝 8時過ぎには 人がまばら。
筋金入りの 自然主義者が 数人いた。
あそこに 刺青をする人がいる と話を聞いたことがある。
あそこにするときは しっかり硬い状態でないと 彫れないという話。
でもまさか そんなところに彫り物をする人が存在するとはおもってもみなかった。
いきなり 浜の入り口で それを見る。
もしかしたら シールだったかもしれない。
確認は無理である。
無邪気に おじさん それほんものと聞くのか?
そして 5匹の犬 大小 を連れた カップル。
その周りにちらかっている大小の固形物。

波が激しいとはいえ 地中海の水は暖かい。

野生の海だから うつくしい とおもったのだと思う。
まだ 多くの人に踏みしめられていない海。
もちろん 8月であるし
ネットのために もう かなり多くの人に知られている。
それでも まだ。
人が 踏むことによって汚れるのだ。
多くのものが。
たとえ それが 大事に保護されて 塵一つ落ちていない状態であっても。

それは まだ 本人が美しいと気付いていない処女にも似ている。
人が さわれば 汚れるのである。
たぶん。

うつくしい 海 だと ひさしぶりにおもった。

カボデガタの カラデプロモ。(アンダルシア アルメリア)

自然公園のなかで ひそかに 存在している海。

だから 父島に 飛行場ができなかったのは朗報である と改めて思う。
いつかもう一度行きたいとおもっている父島。
老後をそこで過ごすことを たまに 思い浮かべながら。

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by cazorla | 2015-09-01 20:27 | アンダルシア | Trackback | Comments(4)
湯沸かし器というか 電気ケトルっていうんですね。
スペインでも ケトル エレクトロニコって スペイン語と英語ミックスなんで
なんや けったいな名前 と思っていたら 20歳のAちゃん (日本人)が 
電気ケトルのことでしょ と 言うので
そっか 日本でも ケトルなんだーと。
いえ 意外と日本とスペインって似てるかも。

それはそうと 母も電気ケトルを使っているんですが
最近 どうも 使ってる様子がないんで きいてみたら
部品が二つ 落っこちて それを私に 渡した時に、
『今度 説明書読んで つけるから それまでは つかわないで。』
と私が言ったので つかわないでお鍋で沸かしてると。
二つも部品が落ちたらどう考えても (こんなシンプルな構造の機械なんだから)
機能するはずがないと思うので それはなにかの思い違いと思うのだけど
なんせ 私も脳腫瘍のある身で もしかして 私の脳の欠落かと
少し 心配になったりする。
とにかく 本人は そう思っているのだから
うちの 電気ケトルと交換する。
鍋でいちいち沸かしたら あぶないし 時間もかかるし。

夢と現実が ごっちゃになることって
普通に40歳50歳でもあるし
4歳5歳だと もっとある。
だから これは あえて 認知症というほどのことでもないのだと思う。
おしゃべりする人がいるわけでもなく
暑いし。

そう ほんとに暑くて 母も食欲がないので 
ちらし寿司を作った。

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彩りとして緑がかけているけど
タラの身で そぼろも作った。
なぜか 錦糸卵がうまくできなかった。
なぜだろう。
普通の ワインビネガーだったけど 十分に 日本の味ができたと思う。
いまでは こんな片田舎でも 海苔が売っている。
日本からの輸入品。

母も おいしいおいしい と言って食べた。

本を読まなくなっていた母が また 本を読むようになった。
それが とてもうれしい。


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by cazorla | 2015-07-22 07:17 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(6)

カテゴリーに入れないで

村上春樹のエッセイで 自分のことを 例え冗談でも おばさんとかおじさんと言わないほうがいい と書いていた。
たとえ それが 本心から出たことばでないにせよ ことばは 発せられたところから一人歩きし始めると。
正確な言い回しは忘れたけど だいたいそういうようなことが書いていた。
私もそう思う。
ことばは 発せられた時点から 一人歩き始める。
たぶん 日本語くらい 新しいことばが次々と出てくる言語はないのではないかと思うくらいに新たなことばが出てくる。
もう 8年帰国していないので 次回帰国したら まったくことばが通じないのではないかと思ってしまう。
アラフィーとかアラフォーって 最初 聞いた時は (読んだ時は) なんだかグロテスクな生き物を想像した。
チャイルドレスと呼ばないでほしい というツィートを見て こんなことばがあるのだと驚いた。
これは カテゴリーのある世界を作ってる原因であり 結果なんだと思う。
ひとつのグループに入れられるのはごめんだと言いながらも 入れられることで安心できる人もいる。
自分は入れられるのはいやだと言いながら 世界をカテゴリーで分割してみている人もいるし、
相手をカテゴリーに入れないと 話ができない人がいる。

ああ ブラッドベリーの小説 短編の対象という作品。
『おれはただの対象なんだ おれに名前をつけるな』
と叫びながら 相手が『お前は砂男だな?』と言うと
違う と叫びながら 砂を巻き始める。
そういう話。

わたし もう8年帰国してないから 47歳までの記録しかないですが
別に自慢じゃないけど おばさん と呼ばれたことがない。
別に若く見えるタイプじゃない。
年相応に見えると思う。
でも おばさんとは呼ばれない。
30くらいの時に友人と一緒に その友人の友人宅に泊まりに行った。
3歳の可愛い男の子がいる家。
で その男の子は 友人をおばさんと呼んでるのに
私を おばさんとは呼ばない。
それで 友人はかりかりと怒っていた。
『なんで 小柄でかわいい私をおばさんって呼んで でかくてかわいげのない あんたを名前で呼ぶのよ。
買収したんじゃないの?』
最後の日には 私の手を握って 3歳児が『女の子ってかわいいなー」だと。
実はそういうことがよくある。
それは たぶん 私も相手を カテゴリーに入れないからだと思う。
相手を三歳のちいさな男の子といして扱うのではなく
ひとりの人間で いろいろ 話してしまう。
彼らの目で見て感じているものを そのまま一緒に見たいと思っている。

それが結局 自分のことを おばさんとかおじさんとか 呼ばないということなんじゃないかと思う。
自分も世界も対象も カテゴリーに入れない。
カテゴリーに入れないから 友人もいろんな人がいる。
共通点があるかないか そんなことは関係なく。

イスラム教の友人もいる。
モロッコの人だから 厳格な信者でもないのかもしれないが、
お茶を一緒に飲む。
おいしい あのモロッコのミントティー。
そして モロッコのお菓子を作ってくれる。
イスラム教の人は つるんでいて イスラム教の人だけで固まっている という人がいる。
でもそれはたぶん イスラム教の人たちというカテゴリーで相手を括ってしまうから だから 
あなたと友達になろうとしないだけかもしれない。

夏休みになって 娘が 犬を連れてコルドバから帰ってきたと以前書いた。
すっかり 大家族の生活に慣れて ひとりでいることができなくなった 犬のみかん mikan。
ひとり残して出かけようとしたら まったく吠えたり声を出さない静かな犬が、
激しく 泣き出した(鳴き出した)。
こどもたちは どうしよう 連れて行くしかないか と言っていたけど
わたしが ちゃんと説明したら 納得してくれた。
ことばって 『意味』ではないんだ。
そこには ちゃんと 『力』がある。
だから ことばはだいじにあつかわなくてはいけないんだと思う。
聖書も 「まず ことばありき」 とある。
ことばは 神と共にありき。

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すっかり 一緒にいる生活が気に入った様子。
ちなみに 私が 日本語で 「おすわり』と言うとすぐ座る。
子供達は 英語で命令する。
なんでやねん。 今時のはやりか?
で ほぼ 無視される。
自分の肉から出てきたことばは 力を持っているんだよ。






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by cazorla | 2015-07-20 07:54 | 思うこと | Trackback | Comments(2)

壊れた歯磨きチューブ

今年は 暑いです。
どのくらい暑いかというと。。。。。





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県内のほかの町 アンドゥハールです。
カソルラはここまで暑くならにけど
川と山があるから
でも 暑い。
そうそう 50度のとこもあるんどよー って
きょうたちゃん に 言ったら
体温より10度以上も上で どうやって乗り切るんですか
というようなことを言われた。
ほんとに 頭のいい人だなーって 深く感心しました。
体温とくらべるんだ!!
こういう考察力って 大事ですよね。

で 中学だか高校のときに 牛の胃袋をつかって 実験したことがあります。
胃袋だったけ?
うろ覚え。
でも中に 冷たい水をいれて 熱い色水につけると 均一になるように水が外にもれる。
そういうの? だった???

まあ とにかく そのくらい熱い。
暑い。
それで かなり だるい日々だったんだけど
とうとう 爆発して 吐きまくり。
で 吐いていたら 下から下痢。

気分は 壊れた歯磨きチューブ。

そのまま ベッドに。

その後また起き上がったとき ベッドにちょっと違和感。

ありゃりゃ これはなんざんしょ。

夫を呼んで これ もしかして う** だよね。

私は もうすでにげろげろ状態で シーツを替える気力がなかったので
すべて夫まかせ。
こういう時
結婚していてよかった と心から思う。


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スペインの作曲家 カサドと結婚していたピアニスト原千恵子さん。
最近 幻のピアニスト という本が出ているそうです。
日本では あまり有名だはなかったけど ヨーロッパでは かなり有名なピアニストだった。



ずっと昔 雑誌で読んだのだけど
ある女の子が 恋人のマンションに初めて行った。
彼が 夕食を用意してくれて。
でも 飲み物を買い忘れた彼が 彼女を一人残して出かけた。
その間に急に 大の方をしたくなってトイレに行ったのだけど
すましたあとで 紙がないのに 気づいた。
そのままの格好で 紙を探して 台所の戸棚を見ているところに
彼が帰ってきた。
そして それで 二人の関係が終結。

もちろん 雑誌には ゴーストライターが 読者の体験を装って
架空の話を書くこともあるけれど
だとしても
この程度で 終わりになる実感みたいなものが 日本男児にはあるかも。

どうなんだろう?

ま とにかく
夫に感謝。


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昨日はなんと3リットルの水を飲みました。

今年は とにかく 暑い。


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by cazorla | 2015-07-16 06:53 | 夫のことば | Trackback | Comments(4)

夫婦

たまに見るロシアの写真ニュース。
同じ日に生まれた夫婦が75年連れ添ったあと1日違いで死んだ。

とても美しく
羨ましく

日本語で読みたいなと思ってググったら
同じ日に死んだ夫婦たち というページを見つけた。

最初の 75年一緒だった夫婦の日本語記事は こちら

高校時代からずっと一緒。

カソルラにも 14歳から 付き合っていたという仲良し夫婦。 今 50歳。
ご近所のメルチェは 5歳の時から 今まで (もう更年期。 でも 年齢不詳)ずっと一人の恋人。
ずっと仲良し。

夫にこの記事の話をすると 今はどうだか知らないけど 僕らくらいの年齢の場合は
50%くらいが 幼馴染めとずっと一緒だよ。

そういえば マドリッドに住んでいたときのご近所さん
みんなそうだったね。

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この写真を見て 死ぬ日のことを考える。
未亡人にはなりたくない。
こんなに年取るまで生きていけるかわからないけど。
でも ずっと一緒でいたい

そう 思う。




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by cazorla | 2015-07-08 06:25 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(2)
コルドバで 勉強してる娘が夏休みで帰ってきた。
犬さんを連れて。
その犬って 一緒に住んでる ダミアンのではなかったの?
でも まあ 想像してました。
しょっちゅう Facebookに写真を載せてるし。
チワワと アンダルシアなんたらという種の雑種。
私は思わず げっ 醜いやん と心ないことを言ってしまいました。

母は昭和2年生まれ。
ちょうど 娘くらいの時は 戦争が終わりつつある時期。
そういうときに 雑種の犬と仲良しになっていた。
うちでは 兄(私の叔父)が 雑種を好きではなかったので
飼うことができず それで町をうろうろして 
毎日 母が お風呂を沸かすときに来ていた。
昔のお風呂は 母屋からちょっと遠くにある。
そして 戦時中は薪の質が良くないので ずっと火の番をしていなければならない。
ハンカチーフで 髪を束ねた母の背中にそっと寄り添う その犬の写真が一枚だけ残っている。
名前をマリと言う。
その犬の眼差しに 娘の犬は生き写し。

だからか 母は一目見るなり
なんてかわいいの
と うっとりした。
娘は勝ち誇ったように 
『ほらね ミカンはかわいいのよ』 と言う。
そう ミカンというのが この犬の名前。
mikan。
娘はアレルギーがあったので 主なる食べ物は 母乳だった。
でも 2歳のときに私が妊娠したので授乳し続けることが困難になった。
娘は苦しんで おっぱいが恋しくなるとミカンを狂ったように食べた。
娘は ことばの遅い子供であったので
みかんとすらすらとは言わず 『み』と『ぴ』の間の音を強く発音し
ピッカンと聞こえた。
一度に五つも六つも食べた。
みかんが 母乳の代わりになるのかどうか
その形が おっぱいの形に似ているからなのかどうか
口の悪い友人は 私のが小さいので 同じ形のものだと思っているのだと言う。
息子は ごく自然に 母乳をやめると同時に牛乳を飲み始めたが
娘は 牛の乳は アレルギーだったこともあって みかんになったのかもしれない。

みかんは 失った愛を取り戻すおまじないにも似ている。



そして 今日は 母の誕生日。
娘と息子二人 そして ミカンと お祝いをした。
88歳 米寿です。



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少し小さくなった母。






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by cazorla | 2015-06-21 02:15 | 思い出 | Trackback | Comments(14)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla