スペイン貧乏旅行記 ①

1990年 1月から三ヶ月初めてのスペイン旅行をしました。
旅行予算は 飛行機代は別にして20万円。
当時はまだまだスペインは安かったのですが それでも かなりぎりぎりの貧乏旅行でした。 
覚えている範囲で スペイン旅行記をまとめていきたいと思います。

なぜ スペインに行ったかと言うと その時当時の恋人が (オレンジジュースを誘ってくれた人です。 彼と八年つきあっていたので実は私は 元・恋人の数って少ない) 卒業旅行で アメリカに行ってしまうので その間 すごく淋しかった。 私はやわな女でございます。
だからって 一緒にアメリカに行きたいともあまり思わなかったし 留学している友達とか弟に会いに行くのだから たまには一人で行くのもいいだろうと。 それで 私がスペインに行き 10日ほど スペインで一緒に遊ぼうということになりました。
マドリッドで待ち合わせです。
彼は12月から アメリカに行っていたので 1月の再会は一ヶ月ぶり。
マドリッド到着は 十時すぎだったのだけど 七時くらいから 空港で 飛行機の到着のお知らせテーブルががちゃがちゃと文字を変えるのをずっと見ていたそうです。

スペインに行くにあたって 2週間で 頭にスペイン語基礎を詰め込みました。
旅行する時は一応現地のことばを ある程度頭につめこむことにしています。
インドに行った時も もちろんインドはいろんなことばがあるけど とりあえず ヒンズー語を 頭に詰め込んででかけました。
特に 料理の名前なんかは 必須です。
英語のメニューのない所の方が 絶対安くて おいしいから。
それから 値切る時の決まり文句。
ホテルの条件を聞く。
道を訊く。
スペイン語の本専門のお店に行って 一番薄くて 安い本を一冊買いました。
作者はスペイン人。 名前は忘れましたが 旅行用あんちょこではなく 基礎のくせに最初からスペインの習慣は みたいな簡単なエッセイ。 全部で24ページを丸暗記です。
私は基本的に 語学の才能はないほうなのですが スペイン語は それだけで 三ヶ月 かなり色んな人とコミュニケーションがとれたので 自分にあってるのだな とおもいました。
やはり 自分にあう言語ってあるのだと思います。

最初のスペインで一番の印象は 年を取った男性達の元気の良さです。
公園で ちょっと一休みしていると 少し離れた所に列ができます。
一人ずつ 現れては 片膝をたてて なにかまくし立てます。
まだまだ語学力がなかったので 全部は理解できなかったのですが その前に読んでいた典型的なお誘い文句に似ていたので わかりました。
「あなたの国は今 暗いだろう。
だって 太陽のように美しいあなたがここにいるから…」
というようなことを言ったあと お茶などに誘ってくれるのです。
お断りすると 次の人が来ます。
また 作り話してんでしょう と思われてしまいますが 16年前は ほんとにそうだったんです。
それに私もまだちょっとかわいかったし。
日本の女の子がひとりで 旅行しているのもまだ珍しかったのかもしれません。

それから 一度歩いていたら 胸をいきなりさわられました。
私は怒り狂って 殴ろうと思い 追いかけました。
今 考えるとそういうのは危ないのですが 若気のいたりです。
すると しばらくすると おじいさんがどうしたの?と訊いてくるので 訳を話して あの男をおいかけているのだ というと それは大変 と言って 一緒に 走り始めます。
私たちが二人で走っているとまた別のおじいさんが来て・・・
と言う具合にふと気づくと三十人近いおじいさんが一緒に走っています。
あまり 走って 心臓発作でも 起こされても困るので 殴るのはあきらめました。
それで のども渇いたのでみんなでバルに行って 冷たい物を飲みながら少し話したりしました。
おじいさんたち目をきらきらさせて訊いてきます。
「で どうゆーふうにさわったの? こーゆーふうに触ったの?」
こらこら 触るなよ!

というような スペイン旅行に絶対やくにたちそうもないスペイン旅行記をつづっていきたいと思います。 つづく

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おまけです。
バレンシアで会ったフランス人水兵さん。
これも若気のいたりです。 別にハンサムでもなんでもないんだけど わっフランス人海軍♪てだけで 写真撮らせて~ なんて言ってる私。 
でも おいしくて安いレストランも フランス人の水兵さんってよく知ってます。
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by cazorla | 2006-11-06 08:40 | 思い出 | Trackback | Comments(24)
ヨーロッパ中の年金生活者が集まるスペインだが最近新しいツアーが人気らしい。
手術ツアー。
スペインは全ての手術が無料。
老人性の病気に関しても例外ではない。
先日 たまたま話したイギリス人。
かれの場合はカソルラに住んでいるのだが関節炎が痛くて イギリスの湿気のある風土ではたえられない。だから スペインに移住したのだが イギリスの医者は どうしようもない あきらめるしかないと言う答えだったそうだ。 しかし スペインの医者は 危険はあるが手術は可 ということで 現在は手術も考えている。
彼の場合はここに住んでいるわけだから 当然権利もあるわけだが
今は大量に ドイツ・イギリス・フランス・オランダなどから スペインに治療に来る。
スペイン在住の日本人なら こう思うだろう。
そんな大変な手術 すごーーーく待たなきゃいけないのに。
そう 待たなきゃいけない。
かれらは アパートを借りて 3~4ヶ月 待ちます。コスタ・デ・ソルの太陽を浴びながら。
でも またまたスペイン在住の日本人のみなさんなら 疑問を持つでしょう。
一年くらい待つ人もいるのに、 いや もっと。
でも この順番待ちは 重病者優先なのです。 緊急を要すればそちらが先になります。
すごく 痛い もう国に帰れない どうしよう~~と 老人が泣けば やはり順番リストの上位に置かれるのは間違いない。
そういうわけで スペイン在住者 国民たちの待ち時間はさらに長くなる。
バレンシア 71,000 カタルーニャ 32.000 アンダルシア 13.0000
コスタ・デ・ソルの病院では患者四人に一人が外国人。
ボランティアの通訳が二十四時間 手伝ってくれます。
Hospital GEmeral Universitario de Alicante(アリカンテの病院)では昨年 2.416人の外国人ツーリストに百万ユーロ以上を使っています。 これは 2390人のアリカンテ住人の救急外来に使われた金額より三十万ユーロ以上多い金額です。
また 臓器移植も多くの病院ツアーの人たちの目的です。
なぜなら スペインは 臓器提供者が ヨーロッパで一番多いので。 
そういえば マドリッドの大学に行っている子も殆ど大学生はドナーカードを持っていると言っていました。

しかし わざわざスペインに滞在して手術するのは まだいいほうです。
あるドイツ人は スペインに住民登録して スイスに行き 手術をし 請求書だけスペインに回した。 これはかなり悪質。

参考 España, un paraíso para los europeos en busca de operacion gratis

スペインってほんとうにいい国なんだなーと思います。
うちの母の医療も薬を含めて無料だし。
将来 彼女が 要介護になったら国は世話をする私・娘にたいして 月々お給料を払ってくれます。 
また ほんとうに重病のときは すぐに往診に来てくれます。

お向かいの奥さんは30年近く前 心臓の手術をしたのですが それ以来週に二回家政婦さんを派遣して貰えます。 手術後 5年目に赤ちゃんができたのですが このシステムのおかげで からだに負担になることなく産めたと言っています。 その息子さんも 数学の確率性を学んで今年から社会人。 おかあさん思いのいい息子さん。
たくさんの外国人の医療ツアーによって経済的に問題が起きて こういうサービスが消えてしまわないと良いのですが。
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コスタ・デ・ソルの病院
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by cazorla | 2006-10-15 18:11 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(21)
e0061699_65963.jpgアルメリアの海に行ってきました。アルメリアの場所は アンダルシアの地図をご覧ください。 右下の緑色のところです。 ヨーロッパで唯一の 砂漠地帯。 自然公園が広がります。 その中でいちばんきれいなカボ・デ・ガタ。 アルメリアの西にあります。
もともと アルメリアの中で一番有名だったのは モハカ。 ここはヒッピーが集まった美しい村のあるところ。 ゴアにしろモハカにしろ ヒッピーはいつも一番きれいな場所を知っています。
最近 ヒッピーが一番愛した本のひとつ 指輪物語が映画化されてヒットしましたが もしかしたら世界が少しヒッピーに近づいてきたのかもしれません。
ただ 残念なことにモハカは ホテルが乱立して昔の面影はなくなっています。

だからでしょうか アルメリアはカボ・デ・ガタの自然保護に力をいっそう入れているようです。
今年は 7月・8月の間は浜に自家用車で行くのを禁止されました。 公営バス(無料)か徒歩 または自転車。 これで ゴミの量がずいぶん減ったそうです。 公営バスは無料にせず わずかでも有料にして自然公園の保持のためにつかうべきでは とは思うのですが こういう試みはほんとうに嬉しいことだと思いました。 どこの地域も観光客の減少を恐れて 決断がくだせません。結果 ほんとうに自然を好きな人たちが来なくなってしまいます。

1日目の浜はここ。 死の浜 プラジャ・デ・ムエルトと呼ばれています。
かなりの距離を歩かなくてはいけないので 以前はそんなに人がこなかったのですが ビスバルがここで歌ってからは けっこう人気スポットになっています。
とは言え やはり 歩かなくてはいけないから 満員 というわけではありません。

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e0061699_7102055.jpg砂ではなく こんな小石がたくさん。 ぬれるときれいに光ります。 この日は お水もあたたかく 寒がりのスペイン人 我が夫もかなり水の中で過ごしました。
2日目は カボ・デ・ガタで一番有名な浜 ヘノバとモンスーンの間の 秘密の浜辺。
ここも結構歩きます。



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e0061699_7151466.jpg大きな蟻塚を見つけたり 山羊が草を食べるのに遭遇して。
ここはナチュリスタが多いです。
natura自然・本質の派生語で naturistaと naturalistaとがあるのですが ナチュラリスタは きちんとした自然科学の知識を持って 自然を愛し 観察し 自然とともにいる人ですが ナチュリスタは 知識がなく 自然を愛している人。 
e0061699_7153054.jpg頭ではなく 身体ごと自然を感じてる ということで ヌーディストのことをこう呼んでいるそうです。 私は自然が好きよ と言う意味でうっかりナチュリスタです なんて言ったら誤解されるのでしょうか。
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カボ・デ・ガタに一番近い町 サン・ホセにはなぜかイタリア人がたくさん住んでいます。
イタリア人のやってるイタリアン・ジェラードのお店もあります。
娘は イタリア語聞いてちゃんと意味がわかる。
スペイン語ネイティブだと そう言うメリットがあるのね。
ポーランド語わかるとスラブ系のことばがだいたいわかるって言うし 日本語だけ ほかのことばが理解できないのは。 中国語 弱冠読める程度ですな。
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by cazorla | 2006-09-16 07:36 | アンダルシア | Trackback | Comments(30)

水戸の街

旅好きでした。
若い頃 結婚前 思い立ったように電車に乗ると言うのが好きでした。
貧乏でしたから めったにどこかに泊まることもなく 夜行の急行 つまり寝台券などの必要のない青春18切符で乗れる電車を乗り継いで。 朝日を目指す旅でもありました。 長岡を夜中に発つ大阪行き銀河は朝五時に琵琶湖のそばを通ります。 そして朝日はきれいに琵琶湖を輝かせる。 新宿発11時7分発 寺泊行き これは朝の新潟の海を見るために。
ある時 水戸に美術館ができた年 ゆっくり見たいと思い 泊まりがけで行くことにしました。
当時は インターネットもなかったし 宿泊施設はだいたいその辺を歩いて決めいていたのですが 水戸に着いた日はちょっと疲れていたのかな? 駅のインフォメーションにお願いしました。二十歳ちょっとくらいのきれいなお嬢さんに 安い宿おねがいします と言うと にっこりして探してくれました。 なんと二千五百円くらいだったかな。 うろ覚えですがすごく安かった。
地図をコピーしていくと なんと 入り口に下駄箱のあるタイプの宿屋。 私以外はみんな肉体労働のおじさんたち。 宿のご主人は野球帽をかぶって出迎えてくれました。 たぶんこんなかわいいお客は 初めてだったんだと思います。(←想像) まず 質問してきたのが
「お風呂 やっぱり入りたいよね~?」
「入りたいですが・・・問題でも・・」
「まあ いいからさ (なにがいいからさなんだ??) 六時に入ってもらうんで良い?
風呂場は一階の奥ね。 入る前  ちょっと 声かけてくれる?」
というわけで 言うとおりに声をかけて入りました。
お風呂は比較的広くって 気持ちよく入浴。
そして 出たら お風呂場の横に 野球帽のおじさんが バットを握って 座ってました。
「あ あがった? やっぱりさ ここ野郎ばっかりで 誰が覗きに来るかわかんないからね。
あ そうそう 部屋の鍵ね つけといたから。 安心して眠ってね。」
そう もともと 部屋に鍵もなかったのでした。

水戸の人がおしゃべり好き と言うのも意外でした。
飲み屋さんに行くと おばちゃんたちも みんな政治談義で盛り上がってました。
みんなそれぞれ政治を肴に それぞれの興味で
つまりおばちゃんたちは土井たか子の化粧がこすぎるとか 
そういうこともOKで みんな好き勝手に 政治の話をしていたのは新鮮でした。

そして水戸芸術館に行く時に 道を訊くと
「あーーーーあの税金いーーーーーっぱい使った建物ね。
いくら使ったか知ってる?」
という感じで三十分くらい税金の無駄遣いに対する批判を聞くハメにあったのでした。

よく お風呂から上がった時見た 野球帽のおっちゃんの横顔を思い出します。
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by cazorla | 2006-08-29 07:03 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(22)

PINO スペインの松

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カディスの松の木がたくさん生えている自然公園。
カソルラの松とはまた違う種類です。
ちなみにスペインの山に生えている木の8割は松だそうです。
かつて 一人旅をしていた時 アンダルシアで乗ったパスの中で 素敵なご夫婦を見ました。
「あなた 見て 松よ 松 ピノ ピノ」
「そうだね 君。」
「なんてきれいなんでしょう、 ここにもピノ」
「ほんとだ ピノだね」
「あらあらこっちにも」
「ほんとだね」
「私 ピノってだーーーーい好き」
「僕もだよ カリーニョ」
と えんえんと 外を見ながら松の木がなくなるまでこの会話が続けられていました。
こういう結婚生活もいいもんだ と思いながら聞いていました。(フェミの方々には叱られますが) 
で 今こういう結婚生活をしているか?
なんといっても お話ししたくてたまらない3人の子供達がいますので。
基本的にはこのノンビリした会話が ちょっと羨ましいのでした。
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by cazorla | 2006-07-20 08:14 | アンダルシア | Trackback | Comments(12)

コルドバ メスキータ

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帰り道にコルドバに立ち寄りメスキータへ。
この間イギリス人の友人と来たばかりなんですが母に見せるためと 夫が運転嫌いなので少し休憩するために。

コルドバという町は実はそんなに好きなところではないです。
メスキータはすごいけど 街としてそんなに美しいとは思えないんです。
あと 人が何となく嫌い。
でもコルドバ出身のお友達はいるから一概には言えないけど
土産物屋のおねえさんがいやに化粧が濃くて 愛想が悪い。
きっと郊外とかのほうが人も景色もよいのでしょうね。
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by cazorla | 2006-07-06 09:45 | アンダルシア | Trackback | Comments(6)

イスナハール

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この湖 マラガ グラナダ コルドバ三県にまたがっています。
ですから 車で帰るときも三県を通ることになります。
水のある風景はなごみます。
ただ残念なことは 城(カスティジョ)が工事中だったので中に 入れませんでした。

ここはグラナダからが簡単に行けるようです。
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城の下にある小さな広場。
夏はきっとここに集まって夕涼みをするのでしょうね。
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by cazorla | 2005-12-23 00:11 | アンダルシア | Trackback | Comments(2)
コルドバ・郊外の街 プリエゴ・デ・コルドバにある レアル・カルニセリア レアル・肉屋あとちです。 レアルとつくのは王家御用達という意味ですので 王家御用達の肉屋です。ただ 宮内庁御用達というと よくお菓子屋さんなどですが スペインの場合 現在では 例えばサッカーチームに冠されますよね。 つまり社会的文化的に重要な位置にある物です。 ですから
十六世紀には肉屋が社会的にも大切な存在だったと言うことです。 建物も 美しいパティオを有するすばらしいものです。 入場料2ユーロと表に書いていましたが 無料でした。 クリスマスシーズンなので クリスマス・グッズのバザーをしていました。
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このブリエド・デ・コルドバはかつてイタリアを攻撃し スペイン領にしたときのグラン・キャピタンの本拠地でした。当時は スペイン王よりもはるかに人気があり 王様もなるたけ彼には会わないようにしていたそうです。 ここは当時絹の生産が盛んで グラン・キャピタンの収入源でした。 ですから労働力を確保するために アラブ系の人々を 保護していたそうです。
現在の企業と移民の関係に似ています。 そして 職を失った 一般市民の恨みを買うことでますます差別がひろがります。
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by cazorla | 2005-12-17 19:45 | Trackback | Comments(14)
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コルドバの近く プリエゴ・デ・コルドバに行ってきました。
白い家 細い道 光が反射して 十二月でもたくさん花が咲いています。
ここにはレアル・カルニセリア 王家ご指定肉屋があるのです。もちろん今は 肉屋ではなく建物を公開しているだけですが。
今では レアルといえば レアル・マドリッド レアル・サラゴサ と サッカーチームにお墨付きを出されるのですが 十六世紀には 肉屋さんがお墨付きをもらっていたのですね。
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by cazorla | 2005-12-11 09:49 | カソルラ | Trackback | Comments(0)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla