老婆 ろばを買う

パセオ・デ・プラドには お土産やさん的お店が並んでいます。
お土産やさん と言っても いわゆるどこかの工場で一括に作ったようなお土産屋さんではなくて きちんとした工芸品店です。
トレドの剣の店。 ここはアメリカ人が多い。
なんといってもアメリカン アーミーは トレドのナイフを使ってる(らしい。)
おまけに 鎧もミニチュアから本物サイズまで 売っているので アメリカ人にはたまらない かも。
それからリャドロのお店。
そして サルガデロス。
サルガデロスは ガリシア地方(スペイン北部 雨が多く 木も緑。 だから 精霊伝説なんかもある)の陶器です。
そこで 母は 一目ぼれした ろばの置物を買いました。
e0061699_8454791.jpg

1860年に上演した劇の記念にデザインされたらしい。
1日目に見て 三回店の前に行き とうとう中に入って 見て 買いました。
e0061699_846289.jpg

こっちの馬の置物もありましたが やっぱり ろばがいいそうです。
「だって 老婆なんだもの」
e0061699_8461852.jpg

これはペンダントヘッド。 一個 八ユーロ。 お手頃で お土産としても いいと思います。
実はこれ お土産でいただいたことがあります。

現金で払うと ボトルに入れて 下の階にスルーッと落ちて しばらくして おつりが入ったボトルが上がってきました。 ちいさなエレベーターみたいな感じです。
15年前は ちょっと贅沢な物が置いてあるお店には ピストルをもった警備員がいたものですが 今では それは禁止されたのかどうか 警備員がいません。 やはり威圧感がありすぎなのでしょうか。  だから 店に現金をおかないシステムなのでしょう。
やはり 少し遅い時間はこわいですから。

サルガデロスのページ スペイン語
ウィッキーペディア サルガデロス  スペイン語ですが写真が見られます。

日本で販売している所 http://item.rakuten.co.jp/lafiore/c/0000000194/
今日は 無駄遣いまたしちゃったーって 反省していました。
でも なにかがほしい と言う気持ちってやっぱり大事ですよね。

いつかガリシアにも一緒に行きたいと思います。

[PR]
by cazorla | 2006-11-20 08:58 | おすすめのもの | Trackback(1) | Comments(26)

マドリッド

母とマドリッド 行ってきました。
残念ながら雨が降ってしまいましたが 散歩できないほどではなかったので ゆっくりと歩きました。 坂の町 カソルラから行ったので 母は 平坦で歩きやすい と言っていましたが 正確にはマドリッドも坂の町。 でも カソルラに慣れていると坂に気づかないようです。
マドリッドは 都市の中でも 一番木の多い街です。
そして一番掃除が行き届いている と 言われています。
スペイン人自身は その点はよくわからないのだけど外国人旅行者が口を揃えて 掃除が行き届いていると 言っています。
人もすごく親切で 母がちょっと疲れて ぼんやりしていると 「何か手伝いましょうか」とかわいい女の子たちが声をかけてきます。
e0061699_054985.jpg
e0061699_0542417.jpg
e0061699_0543872.jpg
e0061699_0545396.jpg
e0061699_0551148.jpg
e0061699_0553061.jpg
e0061699_056945.jpg
e0061699_0562573.jpg


みなさんにお勧めいただいた 花友で ヒジキ 冷や奴 豆腐のサラダ 筑前煮 白菜のおつけ物 茶碗蒸し おみそしる をいただいて おいなりさんと太巻きを買って帰りました。

詳しいご報告は また。

帰ったら末っ子が 風邪かなにかで下痢をしていて それがうつって 私もちょっと じっとしていられない状態・・・・うわっ。 では のちほど。
[PR]
by cazorla | 2006-11-20 01:06 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(32)

(スペインへ1990年に行った時のことを思い出しながらつらつらと。)

インドとかスペインとかちょっと濃いめ(書いてて自分でもよくわからないけど)の所を旅行していると やたらアメリカ人が愛想がいい。 日本人旅行者を見つけると 旧知の友人にあったように満面の笑顔で近づいてくる。彼らは 中国人と日本人をよく見分けられる。 その点が ヨーロッパの人たちとは違う所だ。 
ガウディもダリも(今はどうだかわからないが)当時は 見に来るのは ほとんどが日本人とアメリカ人だった。 そして なんとなく シンパシーを感じたりしてしばらく談笑する。 
イギリス人でスペイン旅行する人たちはだいたいスペイン語がわかる。アメリカ人だって 基本的には第一外国語がスペイン語が多なんだからイギリス人よりスペイン語がわかって当然だと思う。 
だから 基本的にアメリカ人って 外国語に弱い と言う点で日本人にけっこう似ているのかも と思う。
それでも スペインを旅行しよう というアメリカ人はたぶん 平均的なアメリカ人ではない。
先日 フセインに死刑の判決が出たけど 80%のアメリカ人は 9.11がこれでやっと解決したとほっとしている。 これが 平均的アメリカ人だと思う。 だから スペインに来るアメリカ人はすくなくともイラクがどこにあるか知っている。(フセインが死刑はいいとして でもどういう形でさばくのかというのが私にはいまだに理解できません。 フセイン 死刑 そして選挙。 )

それから ガウディ公園など歩いているとアメリカ人だけでなく 海外生活が長かったスペイン人からもよく声をかけられる。 例えばセバスは オーストラリアで 医者をしていた。 退職してバルセロナに住む。 私たちと話している間にも いろんな人が(ほとんど 老人だが)挨拶する。その度に 満面の笑顔で返しながら 彼らについて私たちに説明する。
「今のは ペドロ。 英語名はピーター。 ペドロはピエドラが語源。 石って言う意味だ。だからさ大きな声では言えないが あいつは 石頭で~」そして彼らが言うのは「バルセロナに自由はない。」である。 
外国人として どこか生まれた所ではない別の国に住むと 厳しいこともあるのだが 同時に自由 ある種の自由が得られる。 それは 自国民ではないからこのくらいのことは許されるということだ。 だから 経済的にたいへんでもなかったら外国の方がはるかに居心地がいい場合もある。 うちの夫も日本が恋しい。 そして私は 外国人の自由を満喫しているというわけだ。
カソルラにも外国生活の長かった人たちが住んでいる。 スイスのフランス語圏や オーストラリアなど。 かなり若い時に渡っているので 実は母国のように恋しいらしい。

たまに めちゃ意地悪な感じの愛想の悪い人たちに出会った。
列車の中やホテルでは 目があうとたいてい挨拶しあう。 しかし たまに HOLAと言っても返事がない人たちがいる。
ある日気づいた。 彼らはフランス人なのだ。
その後気をつけるとフランス人と ほかのヨーロッパの人たち スペイン人とも区別できるようになった。 特に女性は お化粧の仕方ですぐわかる。
「ボンジュール」と声をかけると 突然にこやかになる。
彼らは基本的にシンプルなのだ と思う。
にこにこして 「こんにちは え と わたしは にほんだいすきでーす。」なんて答えてくれる。


ダリ美術館 ダリの誕生の地 フィゲラにある。
バルセロナから 国鉄(RENFE レンフェ)で。

        レンフェのページhttp://www.renfe.es/
        左側にある国旗で言葉が選べます。英語・カタラン・ガリシア語・バスク語
[PR]
by cazorla | 2006-11-09 02:33 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(8)

スペインでバス旅行

前回の記事で スペインを旅行する時はバスが便利だと書いたので バス会社のページを紹介しようと思います。
例えば 前回のトレド。
マドリッド・南駅(メンデス・アルバロ)からContinental-Autoに乗ります。
メンデス・アルバロには 各社のバスが勢揃いです。
まず Infomacionに行って どこの会社のバスで目的地に行けるか訊いてください。
インフォメーションでは 英語が通じます。 
買う所では 保証しかねますが。
フランス語はほぼ 通じるようです。

Continental-Autoのページを見てみましょう。
 http://www.continental-auto.es/index.do
国旗をクリックして 英語またはスペイン語を選びます。
startボタンをクリックするとOrigin と Destiny を書き込むところが出てくるので Madrid (M.A)-Toledoを選択すると 時間表が出てきます。
約三十分置きに そして 夜中なで走ってるようです。
料金4.25ユーロ。


その他のバス会社
La Sepulvedana
Alsa

マドリッドからの交通手段に関する情報 Soft guide Madrid
スペイン語または英語を選択して入ります。
[PR]
by cazorla | 2006-11-09 00:04 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(2)

マドリッド滞在中にパスでトレドに行きました。
スペインで旅行する時は バスの方が町の中心まで行くので おすすめです。
電車は 駅がたいてい 町のはずれにあるので ついてから少し歩かなくてはいけません。
それに 旅の途中もバスからちいさな村か゜たくさん見られます。
ただ もしバスの最終目的地ではなく 途中下車したい場合は どこだかよくわからないので 運転手さんに おねがいしといたほうがよいです。 すると すぐに 「ほらそこにいるピンクの服を着たセニョーラが そこで降りるから 彼女が降りる時一緒におりるといいよ」などと 教えてくれます。 
この時の旅で トレドには二回行きました。 一回目は スペインに来てすぐ 当時の恋人M君と
そして 2回目は 最終週に知り合って ホテルをシェアした だいもんちゃんと。 マドリッドからトレドにバスで近づくと 一つの世界 中世の街のような が 出現して感動的です。
ここには アルカサール きれいなカテドラル そして エル・グレコ美術館があります。
少しだけ観光して 食事をし 広場で一休みしていた時 子供達につかまりました。
特に ラケル。 十才のラケルは 質問魔。
「どこから来たの?」
「TOKlO知ってるよ。何人 人が住んでるの?」
「靴のサイズは」
「頭のサイズは」 どうせ私は頭がでかいわよ!
「結婚してるの?」
「どうして結婚してないの」
「いつ結婚するの」
「子供はほしくないの」
「HOLAって日本語でなんていうの」
「こんいちは これでいい? こんいいいちは こんいちいちは こんいちはよね。」
てな わけで 広場の子供達がはしりまわっては ぶつかり ぶつかるたびに「こんいちは」と挨拶する という遊びを始めました。 その間にも 男の子達が来て 木に登るのを手伝ってあげたり M君が 絵を描いてあげて どうやって描くか教えたり そして サッカーを始めて
私は 女の子たちと 「彼とのこれから」について 質問攻め。
日本での一般的な 結婚式のこと などなど。
で 結局 午後から行こうと思っていたエル・グレコ美術館には行けませんでした。

当時の子供達は生き生きしていたな と思う。
もちろん 旅行者の目と住んでいる立場では違うと思う。
でも もっと 人に興味が つまり純粋に好奇心があったと思う。
たいていの街では 子供達は私を見つけると 「ボンジュール」と声をかけてきた。
当時は 外国人→外国語→フランス語 という図式が成り立っていたのだと思う。
日本で全ての外国人がアメリカ人だったように。
「ボンジュール」と フランス語ではない国で 答えるのは恥ずかしかったけど 子供達が きれいな笑顔で 声をかけてくれてるから 私も大きな声で答えた。
「ボンジュール」

かつてのトレドや ほかの 地方都市の子供達は 外国人 特に アジア系にはなれていなかったと思います。 今のほうが 観光客も増えたし 中華料理屋も増えて 外国人はたくさん見る機会があります。でも 外国人や見知らぬ人との 交流の仕方を心得ていた。 昔の子供は能動的だったと言えると思います。
それは受動的な情報が氾濫しすぎて それらをどう処理していいかわからなくなっているのではないかと思います。 だから 今の子供達は 無関心? 
村上春樹が 遠い太鼓の中でもギリシアの子供のほうが ローマの子供よりきらきらした目を持っている というのは そういうことなんだなと。

 十才のラケルも今は26才。 
今も世界中に興味津々で生きているのでしょうか。
e0061699_2204251.jpg

[PR]
by cazorla | 2006-11-07 02:21 | 思い出 | Trackback | Comments(14)

スペイン貧乏旅行記 ①

1990年 1月から三ヶ月初めてのスペイン旅行をしました。
旅行予算は 飛行機代は別にして20万円。
当時はまだまだスペインは安かったのですが それでも かなりぎりぎりの貧乏旅行でした。 
覚えている範囲で スペイン旅行記をまとめていきたいと思います。

なぜ スペインに行ったかと言うと その時当時の恋人が (オレンジジュースを誘ってくれた人です。 彼と八年つきあっていたので実は私は 元・恋人の数って少ない) 卒業旅行で アメリカに行ってしまうので その間 すごく淋しかった。 私はやわな女でございます。
だからって 一緒にアメリカに行きたいともあまり思わなかったし 留学している友達とか弟に会いに行くのだから たまには一人で行くのもいいだろうと。 それで 私がスペインに行き 10日ほど スペインで一緒に遊ぼうということになりました。
マドリッドで待ち合わせです。
彼は12月から アメリカに行っていたので 1月の再会は一ヶ月ぶり。
マドリッド到着は 十時すぎだったのだけど 七時くらいから 空港で 飛行機の到着のお知らせテーブルががちゃがちゃと文字を変えるのをずっと見ていたそうです。

スペインに行くにあたって 2週間で 頭にスペイン語基礎を詰め込みました。
旅行する時は一応現地のことばを ある程度頭につめこむことにしています。
インドに行った時も もちろんインドはいろんなことばがあるけど とりあえず ヒンズー語を 頭に詰め込んででかけました。
特に 料理の名前なんかは 必須です。
英語のメニューのない所の方が 絶対安くて おいしいから。
それから 値切る時の決まり文句。
ホテルの条件を聞く。
道を訊く。
スペイン語の本専門のお店に行って 一番薄くて 安い本を一冊買いました。
作者はスペイン人。 名前は忘れましたが 旅行用あんちょこではなく 基礎のくせに最初からスペインの習慣は みたいな簡単なエッセイ。 全部で24ページを丸暗記です。
私は基本的に 語学の才能はないほうなのですが スペイン語は それだけで 三ヶ月 かなり色んな人とコミュニケーションがとれたので 自分にあってるのだな とおもいました。
やはり 自分にあう言語ってあるのだと思います。

最初のスペインで一番の印象は 年を取った男性達の元気の良さです。
公園で ちょっと一休みしていると 少し離れた所に列ができます。
一人ずつ 現れては 片膝をたてて なにかまくし立てます。
まだまだ語学力がなかったので 全部は理解できなかったのですが その前に読んでいた典型的なお誘い文句に似ていたので わかりました。
「あなたの国は今 暗いだろう。
だって 太陽のように美しいあなたがここにいるから…」
というようなことを言ったあと お茶などに誘ってくれるのです。
お断りすると 次の人が来ます。
また 作り話してんでしょう と思われてしまいますが 16年前は ほんとにそうだったんです。
それに私もまだちょっとかわいかったし。
日本の女の子がひとりで 旅行しているのもまだ珍しかったのかもしれません。

それから 一度歩いていたら 胸をいきなりさわられました。
私は怒り狂って 殴ろうと思い 追いかけました。
今 考えるとそういうのは危ないのですが 若気のいたりです。
すると しばらくすると おじいさんがどうしたの?と訊いてくるので 訳を話して あの男をおいかけているのだ というと それは大変 と言って 一緒に 走り始めます。
私たちが二人で走っているとまた別のおじいさんが来て・・・
と言う具合にふと気づくと三十人近いおじいさんが一緒に走っています。
あまり 走って 心臓発作でも 起こされても困るので 殴るのはあきらめました。
それで のども渇いたのでみんなでバルに行って 冷たい物を飲みながら少し話したりしました。
おじいさんたち目をきらきらさせて訊いてきます。
「で どうゆーふうにさわったの? こーゆーふうに触ったの?」
こらこら 触るなよ!

というような スペイン旅行に絶対やくにたちそうもないスペイン旅行記をつづっていきたいと思います。 つづく

e0061699_8541227.jpg

おまけです。
バレンシアで会ったフランス人水兵さん。
これも若気のいたりです。 別にハンサムでもなんでもないんだけど わっフランス人海軍♪てだけで 写真撮らせて~ なんて言ってる私。 
でも おいしくて安いレストランも フランス人の水兵さんってよく知ってます。
[PR]
by cazorla | 2006-11-06 08:40 | 思い出 | Trackback | Comments(24)

ヨーロッパ中の年金生活者が集まるスペインだが最近新しいツアーが人気らしい。
手術ツアー。
スペインは全ての手術が無料。
老人性の病気に関しても例外ではない。
先日 たまたま話したイギリス人。
かれの場合はカソルラに住んでいるのだが関節炎が痛くて イギリスの湿気のある風土ではたえられない。だから スペインに移住したのだが イギリスの医者は どうしようもない あきらめるしかないと言う答えだったそうだ。 しかし スペインの医者は 危険はあるが手術は可 ということで 現在は手術も考えている。
彼の場合はここに住んでいるわけだから 当然権利もあるわけだが
今は大量に ドイツ・イギリス・フランス・オランダなどから スペインに治療に来る。
スペイン在住の日本人なら こう思うだろう。
そんな大変な手術 すごーーーく待たなきゃいけないのに。
そう 待たなきゃいけない。
かれらは アパートを借りて 3~4ヶ月 待ちます。コスタ・デ・ソルの太陽を浴びながら。
でも またまたスペイン在住の日本人のみなさんなら 疑問を持つでしょう。
一年くらい待つ人もいるのに、 いや もっと。
でも この順番待ちは 重病者優先なのです。 緊急を要すればそちらが先になります。
すごく 痛い もう国に帰れない どうしよう~~と 老人が泣けば やはり順番リストの上位に置かれるのは間違いない。
そういうわけで スペイン在住者 国民たちの待ち時間はさらに長くなる。
バレンシア 71,000 カタルーニャ 32.000 アンダルシア 13.0000
コスタ・デ・ソルの病院では患者四人に一人が外国人。
ボランティアの通訳が二十四時間 手伝ってくれます。
Hospital GEmeral Universitario de Alicante(アリカンテの病院)では昨年 2.416人の外国人ツーリストに百万ユーロ以上を使っています。 これは 2390人のアリカンテ住人の救急外来に使われた金額より三十万ユーロ以上多い金額です。
また 臓器移植も多くの病院ツアーの人たちの目的です。
なぜなら スペインは 臓器提供者が ヨーロッパで一番多いので。 
そういえば マドリッドの大学に行っている子も殆ど大学生はドナーカードを持っていると言っていました。

しかし わざわざスペインに滞在して手術するのは まだいいほうです。
あるドイツ人は スペインに住民登録して スイスに行き 手術をし 請求書だけスペインに回した。 これはかなり悪質。

参考 España, un paraíso para los europeos en busca de operacion gratis

スペインってほんとうにいい国なんだなーと思います。
うちの母の医療も薬を含めて無料だし。
将来 彼女が 要介護になったら国は世話をする私・娘にたいして 月々お給料を払ってくれます。 
また ほんとうに重病のときは すぐに往診に来てくれます。

お向かいの奥さんは30年近く前 心臓の手術をしたのですが それ以来週に二回家政婦さんを派遣して貰えます。 手術後 5年目に赤ちゃんができたのですが このシステムのおかげで からだに負担になることなく産めたと言っています。 その息子さんも 数学の確率性を学んで今年から社会人。 おかあさん思いのいい息子さん。
たくさんの外国人の医療ツアーによって経済的に問題が起きて こういうサービスが消えてしまわないと良いのですが。
e0061699_18102046.gif

コスタ・デ・ソルの病院
[PR]
by cazorla | 2006-10-15 18:11 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(21)

e0061699_65963.jpgアルメリアの海に行ってきました。アルメリアの場所は アンダルシアの地図をご覧ください。 右下の緑色のところです。 ヨーロッパで唯一の 砂漠地帯。 自然公園が広がります。 その中でいちばんきれいなカボ・デ・ガタ。 アルメリアの西にあります。
もともと アルメリアの中で一番有名だったのは モハカ。 ここはヒッピーが集まった美しい村のあるところ。 ゴアにしろモハカにしろ ヒッピーはいつも一番きれいな場所を知っています。
最近 ヒッピーが一番愛した本のひとつ 指輪物語が映画化されてヒットしましたが もしかしたら世界が少しヒッピーに近づいてきたのかもしれません。
ただ 残念なことにモハカは ホテルが乱立して昔の面影はなくなっています。

だからでしょうか アルメリアはカボ・デ・ガタの自然保護に力をいっそう入れているようです。
今年は 7月・8月の間は浜に自家用車で行くのを禁止されました。 公営バス(無料)か徒歩 または自転車。 これで ゴミの量がずいぶん減ったそうです。 公営バスは無料にせず わずかでも有料にして自然公園の保持のためにつかうべきでは とは思うのですが こういう試みはほんとうに嬉しいことだと思いました。 どこの地域も観光客の減少を恐れて 決断がくだせません。結果 ほんとうに自然を好きな人たちが来なくなってしまいます。

1日目の浜はここ。 死の浜 プラジャ・デ・ムエルトと呼ばれています。
かなりの距離を歩かなくてはいけないので 以前はそんなに人がこなかったのですが ビスバルがここで歌ってからは けっこう人気スポットになっています。
とは言え やはり 歩かなくてはいけないから 満員 というわけではありません。

e0061699_794645.jpg
e0061699_710231.jpg
e0061699_7102055.jpg砂ではなく こんな小石がたくさん。 ぬれるときれいに光ります。 この日は お水もあたたかく 寒がりのスペイン人 我が夫もかなり水の中で過ごしました。
2日目は カボ・デ・ガタで一番有名な浜 ヘノバとモンスーンの間の 秘密の浜辺。
ここも結構歩きます。



e0061699_71454100.jpg

e0061699_7151466.jpg大きな蟻塚を見つけたり 山羊が草を食べるのに遭遇して。
ここはナチュリスタが多いです。
natura自然・本質の派生語で naturistaと naturalistaとがあるのですが ナチュラリスタは きちんとした自然科学の知識を持って 自然を愛し 観察し 自然とともにいる人ですが ナチュリスタは 知識がなく 自然を愛している人。 
e0061699_7153054.jpg頭ではなく 身体ごと自然を感じてる ということで ヌーディストのことをこう呼んでいるそうです。 私は自然が好きよ と言う意味でうっかりナチュリスタです なんて言ったら誤解されるのでしょうか。
e0061699_7154968.jpg

カボ・デ・ガタに一番近い町 サン・ホセにはなぜかイタリア人がたくさん住んでいます。
イタリア人のやってるイタリアン・ジェラードのお店もあります。
娘は イタリア語聞いてちゃんと意味がわかる。
スペイン語ネイティブだと そう言うメリットがあるのね。
ポーランド語わかるとスラブ系のことばがだいたいわかるって言うし 日本語だけ ほかのことばが理解できないのは。 中国語 弱冠読める程度ですな。
[PR]
by cazorla | 2006-09-16 07:36 | アンダルシア | Trackback | Comments(30)

水戸の街

旅好きでした。
若い頃 結婚前 思い立ったように電車に乗ると言うのが好きでした。
貧乏でしたから めったにどこかに泊まることもなく 夜行の急行 つまり寝台券などの必要のない青春18切符で乗れる電車を乗り継いで。 朝日を目指す旅でもありました。 長岡を夜中に発つ大阪行き銀河は朝五時に琵琶湖のそばを通ります。 そして朝日はきれいに琵琶湖を輝かせる。 新宿発11時7分発 寺泊行き これは朝の新潟の海を見るために。
ある時 水戸に美術館ができた年 ゆっくり見たいと思い 泊まりがけで行くことにしました。
当時は インターネットもなかったし 宿泊施設はだいたいその辺を歩いて決めいていたのですが 水戸に着いた日はちょっと疲れていたのかな? 駅のインフォメーションにお願いしました。二十歳ちょっとくらいのきれいなお嬢さんに 安い宿おねがいします と言うと にっこりして探してくれました。 なんと二千五百円くらいだったかな。 うろ覚えですがすごく安かった。
地図をコピーしていくと なんと 入り口に下駄箱のあるタイプの宿屋。 私以外はみんな肉体労働のおじさんたち。 宿のご主人は野球帽をかぶって出迎えてくれました。 たぶんこんなかわいいお客は 初めてだったんだと思います。(←想像) まず 質問してきたのが
「お風呂 やっぱり入りたいよね~?」
「入りたいですが・・・問題でも・・」
「まあ いいからさ (なにがいいからさなんだ??) 六時に入ってもらうんで良い?
風呂場は一階の奥ね。 入る前  ちょっと 声かけてくれる?」
というわけで 言うとおりに声をかけて入りました。
お風呂は比較的広くって 気持ちよく入浴。
そして 出たら お風呂場の横に 野球帽のおじさんが バットを握って 座ってました。
「あ あがった? やっぱりさ ここ野郎ばっかりで 誰が覗きに来るかわかんないからね。
あ そうそう 部屋の鍵ね つけといたから。 安心して眠ってね。」
そう もともと 部屋に鍵もなかったのでした。

水戸の人がおしゃべり好き と言うのも意外でした。
飲み屋さんに行くと おばちゃんたちも みんな政治談義で盛り上がってました。
みんなそれぞれ政治を肴に それぞれの興味で
つまりおばちゃんたちは土井たか子の化粧がこすぎるとか 
そういうこともOKで みんな好き勝手に 政治の話をしていたのは新鮮でした。

そして水戸芸術館に行く時に 道を訊くと
「あーーーーあの税金いーーーーーっぱい使った建物ね。
いくら使ったか知ってる?」
という感じで三十分くらい税金の無駄遣いに対する批判を聞くハメにあったのでした。

よく お風呂から上がった時見た 野球帽のおっちゃんの横顔を思い出します。
[PR]
by cazorla | 2006-08-29 07:03 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(22)

PINO スペインの松

e0061699_86713.jpg
e0061699_862995.jpg
e0061699_864773.jpg


カディスの松の木がたくさん生えている自然公園。
カソルラの松とはまた違う種類です。
ちなみにスペインの山に生えている木の8割は松だそうです。
かつて 一人旅をしていた時 アンダルシアで乗ったパスの中で 素敵なご夫婦を見ました。
「あなた 見て 松よ 松 ピノ ピノ」
「そうだね 君。」
「なんてきれいなんでしょう、 ここにもピノ」
「ほんとだ ピノだね」
「あらあらこっちにも」
「ほんとだね」
「私 ピノってだーーーーい好き」
「僕もだよ カリーニョ」
と えんえんと 外を見ながら松の木がなくなるまでこの会話が続けられていました。
こういう結婚生活もいいもんだ と思いながら聞いていました。(フェミの方々には叱られますが) 
で 今こういう結婚生活をしているか?
なんといっても お話ししたくてたまらない3人の子供達がいますので。
基本的にはこのノンビリした会話が ちょっと羨ましいのでした。
[PR]
by cazorla | 2006-07-20 08:14 | アンダルシア | Trackback | Comments(12)