母は一人で暮らしている。
本をたくさん読んでいるようで、会うたびに話が飛ぶ。
明治時代の人の話が出るかと思えば。モーパッサンの話。
モーパッサンの小説に出てくるエピソードがスタインベッグにも出てくるという。
母乳を飲む、死にかけた人の話。
子供がいなくなってなお出る母乳を死にかけた人にあげる話。

モーパッサンは1850年生まれ。スタインベッグは1902年生まれだからパクったとしたらスタイベッグかななどと話す。

写実主義のモーパッサンは、いかにもあったように書くけど。
私はちょっと疑う。
母乳って、乳首から直接飲むのは、赤ん坊だからうまく飲めるので大人はかなり難しいと思う。
というのも、長男が生まれた時、長女が飲みたかった。
まあ、こういうことが自慢にならないかもしれないが、私は母乳はなかなかうまかった。
母乳の時代だけ、菜食主義にしていた。
完全ではないけれど、野菜中心。
牛と同じ。
ライオンの乳より牛の乳がうまい。

そういうわけで、長女がまずおっぱいに吸い付いたんだけどうまく飲めなかった。
コップに絞って飲ませたやった。

「ママのぎゅうにゅうっておいしい!」

という。
ママのは母乳で牛乳ではないのじゃ。
まだ、漢字を知らないから、(今も知らないが)母乳と牛乳の違いがわからなかった。

だからね、モーパッサンの写実主義も実は写実ではないのではないのではないかと疑うという話。
写実主義の絵画にしても見たママをそのままに描くと嘘っぽくなるらしい。
どこかでちょっと嘘を入れると本当に見える。

世界ってそういうものなのかもしれない。

本当に見えれば、それはそれでいいじゃないかと受け入れるべきか。
真実をとことん追求すべきか。
それはかなり難しい話だ。

追求した向こうに何が待っているのか。
それもかなり難しいし、そしてちょっと怖い。

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by cazorla | 2017-08-13 07:22 | 思うこと | Trackback | Comments(4)

私という名の変奏曲

『私のいう名の変奏曲』が ドラマ化されたというので 週末に見ました。
1984年の作品。
天海祐希嬢がとても好きなので 楽しめましたが
私がこの本で一番 大事というか 一番好きな点が 外されていた。
ググってみたら 誰もその点に関して書いてないから
もしかして 私の思い違いなんだろうか。
手元に本がないので確認できないのだけれど。

ググれば大体のストーリーが書いてあるのでここでは はしょりますが
主人公は顔を整形して 人生が全く変わってしまった。
事故で壊れてしまった顔を再生するときに 友達の写真を見せる。
誰でも 考えるのは 綺麗な方になりたい と思う。
それが 連城三紀彦の作品では 綺麗じゃない方になる。
主人公は 整った顔なんだけど なぜか 友達の方が コケティッシュな魅力があって
いつも幸せそうなので そちらの顔になるという設定だったと思うのだけれど。

だから 当時 読んだ時 頭の中で 小泉今日子という設定で読んでました。
ちょっと丸顔。
元が 美人系だから その上に可愛い顔を乗せたら 小泉今日子ぽくなるのではと。

美人が 美人じゃない方に憧れる といのは ありだと思う。
例えばブリジットバルドー的な顔。
すいません 古くて。
連城三紀彦のそういうところが好きだった。。と記憶してます。

確認のため いろんなページを見ていたら 主人公の恨みが理解できない
勝手すぎると いうコメントが多数あった。
多分 そうなんだろうと思う。
でも 人間の気持ちって そう簡単に割り切れない。
だから 文学がある。(笑)

ガルシア マルケスの『予告された殺人の記録』
結婚したばかりの妻が こんな家に住みたい と言う。
男は その家を買いに行く。 男はものすごく金持ち。
その家は 老人が一人で住んでいた。
老人は 家を売りたくない。
その家は 死んだ妻との思い出がいっぱい詰まっている。
男は 札束を積み上げる。
老人は首を振る。
男はさらに札束を積み上げる。
その繰り返しで ついに 老人は泣きながら 首を縦にふる。

文学的ではない我が夫は 売りたくなければ売らなければいいだけの話だろうと言う。
確かにそうなんだけど 目の前に積み上げられる札束は人の心を壊す。
もし仮に ただ いくらお払いしましょうという言葉であれば大丈夫だったかもしれない。
それは ダイヤに目がくらんだ お宮と同じだ。
(金色夜叉 古すぎますか?)

『羊たちの沈黙』の中で レクター博士も 『見るものを欲しくなる』と言っている。

すっきりと自分の真の気持ちがわかれば もっと世界は住みやすいと思うのだけれど。
人間ってややこしいですね。

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写真は 予告された殺人の記録 舞台公演のポスター





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by cazorla | 2015-11-04 08:57 | 思うこと | Trackback | Comments(6)

自由

フランス文学が好きだった私が ル・クレジオを通った後に出会ったのが

コルタサル。

アルゼンチンの作家。

パリにかなり長い間暮らしていたから ル・クレジオから コルタサルへ

というのは ものすごく 自然な展開だったのかも。

そして スペインに住むことになる。

風が吹くと桶屋が儲かるごとく

間ははしょるけれど。


そのコルタサルの短い文章。

自由ってこういうことよね と思う。

つまり いろんなものを持つことで 無くしてしまう自由がある。


英訳も載せたので参考にしてください。

ある日 あなたに腕時計がプレゼントされる。

とても高価な時計で。。。というのが始まり。

そして 結論。

あなたに時計がプレゼントされたわけではなく 時計にあなたをプレゼントしたのだと。



Preámbulo a las instrucciones para dar cuerdaal reloj

Piensa en esto: cuando te regalan un reloj teregalan un pequeño infierno florido, una cadenade rosas, un calabozo de aire. No te dan solamenteun reloj, que los cumplas muy felices, yesperamos que te dure porque es de buena marca,suizo con ancora de rubíes; no te regalansolamente ese menudo picapedrero que te ataras ala muñeca y pasearas contigo. Te regalan –no losaben, lo terrible es que no lo saben–, te regalanun nuevo pedazo frágil y precario de ti mismo,algo que es tuyo, pero no es tu cuerpo, que hayque atar a tu cuerpo con su correa como un bracitodesesperado colgándose de tu muñeca. Te regalanla necesidad de darle cuerda para que siga siendoun reloj; te regalan la obsesión de a atender a lahora exacta en las vitrinas de las joyerías, en elanuncio por la radio, en el servicio telefónico. Teregalan el miedo de perderlo, de que te lo roben,de que se caiga al suelo y se rompa. Te regalan sumarca, y la seguridad de que es una marca mejorque las otras, te regalan la tendencia a comparar tureloj con los demás relojes. No te regalan un reloj,tu eres el regalado, a ti te ofrecen para elcumpleaños del reloj.


この文章 かつて 車のCMにも使われました。

確かセアットだった。

だから 高価すぎる車を買っちゃだめだよ という広告だったと記憶してます。


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こちらから 拝借しました。

できれば余計なものに 束縛されず

気持ちだけは 自由でいたいものです。



kyoutachanのliberté リベルテ/ 自由 も合わせてどうぞ。



コルタサルの文章の英訳
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by cazorla | 2015-01-31 06:31 | お気に入りのもの | Trackback | Comments(2)

プーランクのピアノの先生はスペイン人でした。
だからというわけでもないけれど ガルシア ロルカの詩を歌にしています。







最初にスペイン語のオリジナル。
プーランクの歌はフランス語で歌われているので フランス語訳。
そして 意味がわかるように 英訳をのせました。

おしのこども

El niño mudo



El niño busca su voz.

(La tenía el rey de los grillos).

En una gota de agua

buscaba su voz el niño.


No la quiero para hablar;

me haré con ella un anillo

que llevará mi silencio

en su dedo pequeñito.


(La voz cautiva, a lo lejos,

se ponía un traje de grillo).


L'enfant muet


L’enfant cherche sa voix

(c’est le roi des grillons qui l’a prise)

dans une goutte d’eau

l’enfant cherchait sa voix.

Je ne la veux pas pour parler

mais j’en ferai un anneau

que portera mon silence

en son tout petit doigt.

Dans une goutte d’eau

l’enfant cherchait sa voix.


La voix captive, au loin,

mettait un habit de grillon.


The Little Mute Boy


The little boy was looking for his voice.

(The king of the crickets had it.)

In a drop of water

the little boy was looking for his voice.


I do not want it for speaking with;

I will make a ring of it

so that he may wear my silence

on his little finger


In a drop of water

the little boy was looking for his voice.


(The captive voice, far away,

put on a cricket’s clothes.)



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ジャン コクトーの描いたプーランク像



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ダリの描いたロルカ像

凝ってるのは ダリのひげをつけながらも

目が しっかりロルカ。


啞のぼうやは 声を探してる

でも 話すためじゃない。


沈黙が時として 居心地が良い。





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by cazorla | 2015-01-14 02:23 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(0)

クリスマスが好きだった。
クリスマスという 事実であり 慣習であり 歴史的なイベントであり 流行であり
ありとあらゆるクリスマスにかかわるものが好きだった。

小学校の時 クリスマスケーキが 配られていた。
昭和四十年代のことだ。
クリームでバラの花を作ったとても甘いケーキ。
小さい時から甘い物があまり好きではなかった。
だから特別な気持ちはわかなかった。
あとで キリスト教系の学校を出た友人が 公立の学校でクリスマスケーキをもらってたの?
と びっくりしていた。
だからそれはかなり特別なことだったようだ。
近所にある長寿パンというパン屋さんがプレゼントしてくれていた。
パン屋さんは 韓国人だった。
たぶん クリスマスケーキをプレゼントするということに
ある種の意味が 含まれていたのだろう。
今は 北朝鮮にいる。

ふと カポーティのクリスマスの思い出を 思う。
毎年 クリスマスには必ず読む本だ。


40年前からシュトーレンを焼いている。
40年前などというと 若い人にびっくりされる。
そんな昔からですか? って。
そう もっと昔から シュトーレンは 焼かれていたのですよ。

私のレシピは ドレスデンのシュトーレン。
でも 40年の間に少しずつ 私の好みに変わっていったかもしれない。
これが カポーティの話に出てくるケーキに似ているような気がする。
5年前にドイツ人宅で一緒に作ったシュトーレンより ずっとおいしいと
ひそかに思っている。

そして 現在 ブッシュドノエル 製作中。

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クリスマスは
マッチ売りの少女 のことも思い出す。
マッチ売りの少女の 死ぬ瞬間の幸せな気持ちを 思う。

メリークリスマス


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by cazorla | 2014-12-25 01:34 | お気に入りのもの | Trackback | Comments(0)

あなたなんて死んでしまえばいいのに

心からそう思っていた。



70年代 ちょっととんがり気味の女流作家がどんどんデビューしていた時

十代の私は それらを読みあさっていた。

あの もう頬杖はつかないがベストセラーになった時代。

そして このことばに出会った。

だれがどの作品で書いたものか覚えていない。

ただ このことばだけが しっかりと 残った。


愛しすぎちゃいけない。

恋はつかれるもの。

遠くから見ているほうがいい。

いつか 恋はかなるものと 信じている時代はいい。

でも そこにその人がいて 自分を愛していると言う。

まわりが すてきなカップルね と言う。

でも 彼の気持ちがわからない。

ほんとのところ どうなんだろう。


人を好きになるってそういうことだよね。

あるお坊さんが 人間が成長する方法は 異性を好きになること

本当の意味での他者との出会い

相手の気持ちを慮る。

心から。

でも ゆったりと育てられた人たちにはそれは酷なこと。

とくに一人っ子で 親の愛を疑うことなく育つと 男の愛はミステリー。


ふと つぶやいてみる。



あなたなんて死んでしまえばいいのに



愛はあまりにもつらくくるしく。



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つらい恋は 今では懐かしいものとなりました。

つらいことも 時がたつと 変わります。

たぶん。


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by cazorla | 2014-10-10 17:34 | 思うこと | Trackback | Comments(10)

村上春樹の「ノルウェイの森」について 興味深い記事を読んだので 少しだけ書いてみたいなと思いました。
 こちらの記事です。

ノルウェイの森


[映画] ノルウェイの森


 若い頃に感じたことも書いていて あ そうか 若い時代の男性はこういう風に感じるんだと。 村上春樹を嫌いな人がどんな風に読んでいるか そういうことも わかりました。 (この記事の筆者は 否定的に書いていません。 高い評価をしています。 そして 村上春樹をとても好きな人です。)
 「ノルウェイの森」が ベストセラーになったとき 正直に言えば 違和感がありました。 春樹は決して 売れるタイプの作家では ないと思っていたから。
「風の歌を聞け」を群像で読んだとき 衝撃を受けた。 
 あの時代は たくさんの新世代作家の生まれた時代で  話題作のあと 続かない人も多かった。
 田中理恵の「おやすみなさいと男たちへ」とか。。。
 春樹に続けてほしいと思った。 切実に 次の作品を読みたかった。
 初期三部作や 午後の最後の芝生 評論家たちにこき下ろされながら 書きつづけた。 そして 「ノルウェイの森」。 この小説が 大ヒットして ますます 評論家の批判が集まった。 100%の恋愛小説というキャッチが受けたのか 色んな人が読み始めた。
この小説を読んだとき 私はまず ジョン アービングの「ホテル ニューハンプシャー」を思い出した。 現実から遠くにありながら 現実を越えて 現実に戻っていく。 完璧なる作り話が ありもしない作り話が 最終的には 現実を忠実に映し出す。 ジョン アービングの作品は 「ガープの世界」や「サイダーハウスルール」など 現実に一般的には認知されていない現実を描きながら そして とんでもないカオスを通して 最終的に真実につなげていく。 ある評論家が ジョン アービングの作品が とんでもないストーリーを書きながら 見世物小屋的大衆小説にならず 美しい文学として 人々を感動させるのは 彼の偉大なる魂によると 書いていた。 
そう言う 意味合いで 私は ジョン アービングを思い出した。 春樹が ジョン アービングの熱心な読者であると知ったのは ずっとあとのことです。

そして「ノルウェイの森」。
 BirdWingさんの次の指摘

 『「僕」は直子と寝るべきではなかった。もしほんとうに彼女を愛していて、彼女のことを真剣に大切な女性として考えているのであれば、20歳の誕生日の夕方 に、彼女と身体を重ねることを抑止すべきだったと考えます。少なくとも彼女が混乱から解放されて、精神の均衡を取り戻せるようになるまでは。それが10年 先なのか20年先なのかわかりませんが、「僕」は彼女の回復を待つべきではなかったのか。』

 これが 男の人の一般的な感じ方なのかどうかわからないけれど けっこう 私には新鮮でした。 私は 「僕」は愛してなかった というのは あきらかなことだと思っていたから。 「僕」が愛してる かどうかで この本の読み方もずいぶん違ってくると思います。 前提がまったく違うのだから。 私はむしろ 直子のほうが 僕を利用しているように ずるく感じていました。 そして 心の片隅で 助かりたいと言う気持ちもあったと思う。 ヒーリングとしてのセックス。 これは 風の歌を聞け のテーマでもあり ホテル ニューハンプシャーのテーマでもありました。 
あの 状況では 「僕」が 仮に 寝なかった としても 直子の混乱は避けられなかったと思う。 混乱の種類が 変わっただけで。 結局 直子は 自分という存在から 出て行くことはできなかった。 僕 に 抱かれることで 癒される かも しれない そう 思っていたのだと思う。 春樹がのちに これは 成長の物語だと 書いていますが 成長を拒否した 直子は 死ぬ以外仕方がなかったのだと思います。

 BirdWingさんの記事からの引用です。

 『そしていま、ふたたび古い本を開いて、次の行を読んでとても揺さぶられました。
 「ほんとうにいつまでも私のことを忘れないでいてくれる?」と彼女は小さな囁くような声で訊ねた。 「いつまでも忘れないさ」と僕は言った。「君のことを忘れられるわけがないよ」

映画には登場しなかった37歳の「僕」と同じように、ぼくも混乱しています。 そして直子に関する記憶が僕の中で薄らいでいけばいくほど、僕はより深く彼女を理解することができるようになったと思う。何故彼女がぼくに向って「私を忘れないで」と頼んだのか、その理由も今の僕にはわかる。もちろん直子は知っていたのだ。僕の中で彼女に関する記憶がいつか薄らい でいくであろうということを。だからこそ彼女は僕に向って訴えかけねばならなかったのだ。「私のことをいつまでも忘れないで。私が存在していたことを覚え ていて」と。 そう考えると僕はたまらなく哀しい。何故なら直子は僕のことを愛してさえいなかったからだ。 忘却とともに深まる理解もある。けれどもすべて失われた後のことです。記憶のなかに生きることは難しいけれど、生きつづけている記憶がぼくを混乱させます。ぼくはいま、どこにいるのだ?と。(2010年12月27日観賞)』

女って 覚えていて欲しいのです。 トリュフォーの『突然 炎のごとく』で 主人公が恋人と一緒に車に乗って夫ににっこり笑って挨拶する そして そのまま 崖から 飛び落ちる。 車ごと。 女はずるいのです。 ずるいけど 切実で 寂しい。 忘れないで欲しい。別れた後も ずっと覚えていて欲しい。 別れた理由が たとえ女のほうに 別の男ができた と言うことであっても。 そして 直子は 愛してなかった男に 覚えていてね と 楔を打つのです。 忘れないように。 たとえ 誰か他の人と一緒にいても 私が そこにいる。 私の一部が そこにいる。

 もっと書きたいことがあるのですが うまくまとまりません。

 いつか じっくり BirdWingさんと 話してみたいと思いました。
 彼のしっかりしたブログの文章にトラックバックするのはおこがましいような 独り言ですが。

ちなみに 春樹によると ノルウェイの森ということばは ノルウェイ語では悲しい と 同時に幸せな 楽しいけど さびしい そよう言う 相反することを表しているそうです。



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by cazorla | 2014-03-03 07:09 | おすすめのもの | Trackback | Comments(1)

たのしみは。。。。。。

たのしみは小豆のいひの冷えたるを茶漬けてふ物になして食ふ時

 母が好きな短歌。
だれの短歌かも知らず 覚えていて ときに 小豆ご飯を作って 冷えたものに 熱い茶をかけて食べる。
それそのものが おいしいかどうかは別にして この歌があるから そうする。
ずいぶん昔に 女学校時代の友人と お茶をしたときに この歌の話が出て 友人も この歌が大好きでご主人とふたり
この歌の吟じながら 召し上がるのだそうだ。
その話を聞いて 母は とても羨ましがっていた。
詩を夫婦で楽しみたい。
日常的に。

父は武骨の人でしたから 短歌を詠むのも読むのも
そもそも 文学とは無縁の人でした。

結婚ってなんでしょう。

母が調べて と言うので 調べました。

歌人は 橘曙覧
福井のひとでした。 

たのしみは 朝起きいでてきのふまで無かりし花の咲ける見るとき

たのしみは 雪降るよさり 酒の糟あぶりて食ひて火にあたるとき

たのしみは 炭さしすてておきし火の紅くなりきて湯の煮ゆるとき

1812年うまれの 歌人 たちばなのあけみ さん。
なんて やさしい歌を作るのでしょう。

こういう歌を 夫婦で楽しむというのは ほんとに素敵なことなんでしょう。
私たち夫婦だって できません。
言葉の問題もあるけど やはり 好みの問題も。
夫は 文学が 特にすきではないし 基本的に ほとんどの文学ほ いんちきくさいと思ってる。
苦しみに燗する考え方も違う。
どんなに言葉を重ねても わからないことはあるし
ことばなくして 理解しあえる部分もある。

文学が好きではないと言っても 私が読んだり書いたり関わったりしているものに対しては
ポジティブに接してくれている。
俳句の本の出版と そのプレゼンテーションで 何度か新聞に出たけど
その新聞の切り抜きを私より大切に しまいこんでる。
オックスフォード大学の教授から スペイン語バージョンは平凡な作品だったけど それを
日本語訳で うつくしい伝統的文学にした翻訳者の才能はすばらしい とメッセージをいただいて
一番 喜んでくれたのも夫。

わかりあえる って そんなに大切なことではないんだよね
もちろん 時として 寂しいけど。
でも わからないけど なんか いいね って 思ってくれてる 

どんな人と結婚するのが一番幸せなのか
それは だれにもわからないことですよね。
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by cazorla | 2014-02-04 04:00 | お気に入りのもの | Trackback | Comments(11)

前回の記事「午後の最後の芝生   村上春樹」の続きになるのですが やはり記憶をささえている一番のものは匂いだと思う。
そして 匂いはけっして記憶の箱の中に いつでも取り出しやすいように収納されているわけではないので
なおさら 感情の扉をたたきやすい。 おもわず 恋に落ちてしまうときは うっかり 匂いをかぎ取って それが 脳のひだひだのなかの忘れ去った部屋の中から なにかをとりだしてしまったときかもしれない。

ほんとにほんとに若いとき 大好きな人がいた。 ギターを弾いている人だった。 わたしは 二十歳で
小娘で そして ただ 好きだった。 ある日 彼がすてきなTシャツを着ていたので いいねっと言った。
夏の暑い日。 汗ばむような日。 彼はにっこり笑って するりと脱いで わたしのタンクトップの上から
着せてくれた。 彼の汗の匂いがした。 
「やるよ。でも 自分で洗えよ。」
わたしは洗わなかった。
壁に貼って 匂う。 フェチ。
彼はその次の日 事故にあった。 二度と会えなかった。
しばらくして Tシャツの匂いも消えた。
思い出そうとしても思い出せないもの。
それなのに コンセルバトリーに行くバスの中で 急に匂いがよみがえった。
一ヶ月くらい前のことだ。
まるで 少女のように泣いた。
知らないうちに
いえ 知っているけど
それでも 知らないうちに
すっかり年をとってしまった。
十歳年上だったその人よりもずっと 年が上の人になってしまった。

そのあとで もう一度 思い出そうとするけど 意志ではどうにもならないことはいっぱいある。

そしてわたしは雨戸のしめきった部屋にもどりたくなる。
「午後の最後の芝生」のあの部屋に。
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by cazorla | 2013-01-02 01:36 | お気に入りのもの | Trackback | Comments(12)

手術してきました。 たいした病気ではないのですが 婦人科系のものなんで うっとうしい。
で 全身麻酔か部分麻酔か 選ばなくてはいけなかったんだけど もちろん 部分麻酔。
全身なんて怖くて。 なにがこわいかというと とにかく西洋人の体用に作られている薬は
とにかく強い。 で 部分麻酔にもかかわらず 眠ってしまいました。 ぐっすりと。
だって 針を刺した瞬間 足の指に電気が走りもう眠り始めている。
日本の 二十分して 足がしびれ始めたら 始めましょう なんてゆるやかなもんではない。
もちろん あとで吐きまくり。 手術そのものより 薬の後遺症のほうがひどかった。

ま それはさておき。

村上春樹 「午後の最後の芝生」 再読しました。
これは 宝島に載ったときたぶん 19くらいの時に初めて読みました。
宝島はその後 ロックの雑誌に変わっていくのですが 当時はピックリハウスと並んだ
そういうタイプの雑誌でした。
それに載った 午後の最後の芝生。
正直 かなり 読みづらい小説だったと思います。
今 ネットで調べると けっこう多くの人が好きな作品としていろんなブログに記事を載せていらっしゃるようで
おどろきました。
けっして有名な作品というわけでもないのだけれど。
つまり 風の音を聞け のあと たぶん 2作目の作品として読んだと思います。
(実際には 羊を巡る冒険のあとに書かれたものですが)
特別に何が起きるというわけでもないので 基本的に何を言いたいのか
まだ年若いわ。 理解できなくても この作者がものすごく 好きだということはわかったから。

詳しくは こちらのページで だいたいのあらすじがわかります。

「僕」が 14 5年前 を思い出すところから始まる。19だった東京の大学に通う僕は芝生を刈るバイトをしている。 しかし 故郷の恋人に別れを告げられ お金を稼ぐ意味もなくなり バイトをやめることにする。 その最後のバイト先の家でのできごと。 家の主人は五十くらいの女性。 夫はアメリカ人だったが 死別している。 仕事が終わって 雨戸をしめきった 娘の部屋に案内し 彼女のことをどういうふうに思うか 訊く。  

この暗いしめきった部屋の持ち主が のちに ノルウェイの森の直子になったのだと思う。

そして もうひとつ これは ハーフの女の子の物語でもある。
もしかしたら これを読んでいなかったら 
もしかしたら スペインに引っ越さなかったかもしれない。
そんなふうに 今 思う。
それが たぶん 文学の力 なのかもしれない。

この時代 米兵のの間にはたくさんハーフの子供が生まれている。ただ ちゃんとした結婚の結果のこどもとそうではない場合 そのこどもの あり方は違ってくる。
ちゃんとした結婚ではない場合 こどもは「母の子供」として生まれ 母の戸籍に入るけれど
結婚している場合は  日本の国籍は得られなかった。 
それは たぶん アイデンティティにも関わってくると思う。
この物語の場合 たぶん 父親の死によって 自分のアイデンティティの置き場を失ってしまったのでないかと思う。

そして もうひとつ この小説のなかで浮遊しているのは匂い。
「僕」もこの家の匂いについて言及する。
しかし もっと大事な匂いについては語っていない。

「僕」が この家の庭を見ると 芝生はまだそんなに伸びていない。
まだ 2週間くらいは持ちますよと 言う。 すると 女主人は
「もっと短くしてほしいんだよ。そのために金を払っているんだ。べつに私がいいって言うんだからいいじゃないか」と 答える。

この六十坪 約二百平米の芝生を夫は刈っていた。
芝生を刈る匂い。
それは とても 生き生きとみずみずしい匂い。
そこに水をまくとき 生きている そこにある生活の まわっていく感覚がある。

その匂いをかぎたいがために 芝刈りを頼んでいるのだと思う。
それは幸せだった あの時代を思い出すためのもの。
芝生の上で はいはいをはじめた。
芝生の上で 歩き始めた。
芝生の上で父と娘は 転がって遊んだ。
芝生の上では 外界とのトラブルはまったくなかった。
静かで幸せな十年。
少なくとも六年。



匂いというのは不思議だ。
どんなにすてきな思い出の匂いでも それを意識して思い出そうとしても
簡単に再現させることはできない。
でもふとした瞬間に その匂いを思い出して いっしゅん ぼんやりすることがある。
母も時々 窓を開けて めざしを焼く匂いがする と言う。
わたしもチキンを焼きすぎて するめを焼く匂いにシンクロしてしまうことがある。
父を思い出す。
あつかんの思い出と一緒に。

この芝を刈る匂いが この古い家にほんの少し命みたいなものを 醸し出すのだと思う。
だから 芝を刈ったあとで いなくなった娘 もしかしたら自殺したのうれない娘の部屋を
「僕」に見せるのだ。 50というのは 若くもなければ 年をとりすぎてもいない。
これから たぶん 20年30年 この孤独と共に生きて行かなくてはならないのだ。


たぶん 手術をしたせいなのかな。
この五十の女性と初めて本格的にシンクロして 
わたしはしばらく泣きました。

これは不在の物語なのだと思います。


わたしは一人っ子だったから たぶん 3人子供を産んだ。
わたしの大好きな人は 弟が死んで結果的に一人っ子になったから
一人っ子の子供を育てている。
不在のつらさよりは一人のさびしさのほうが楽だから・・だと思う。

喪失
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by cazorla | 2012-12-29 02:43 | お気に入りのもの | Trackback(1) | Comments(10)