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ドイツのCMが、アジア系女性蔑視ということで話題になってる。
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こちらの記事で 基本的に私が思ってることも書かれているんですが。
(いい記事だと思います。)

内容は、畑仕事をしているドイツ人男性の下着をパッケージに入れて自販機で売って、それを購入したアジア系女性(多分日本人)が臭って恍惚表情をするというもの。

私もこれ、差別とは思いません。

80年代って下着売ってた時代をご存知でしょうか?今もやってるの?
女の子が着用している下着を売ってお金にしていた。
そういうものを購入する男たちがいた。そういう時代。
自販機もあったらしいんですが、それは知りません。

でね、下着を売っていたのは女性で買っていたのは男性。

辱められていたのは女性で辱めてたのは男性。
それが逆転して男が下着売ってる。
そういうことでしょ?

で、あえて差別というか、誰かをおちょくっているとすれば、それはアジア女性ではなくアジア男性なんです。

このCMでは、アジアの男はこんな男性的な匂いはしないだろ、だからアジアの女性はこういうの買って幸せ(春)を感じてね
ってことなんだと思う。

結構、このCM作った人って日本文化オタクなんじゃないかなって思う。
春を買うって言葉を知ってるんだから。

80年代に下着を売った女性たちは幸せになっているんだろうかとふと思う。
下着を売るくらいどうよって思ってたんじゃないかな?
別に売春するわけじゃないからって。
でもね、下着を売るってことで何かが狂う人もいるよ。

80年代はライブハウスがたくさんあった。吉祥寺にもあったよね。曼荼羅だっけ?
私の好きなジャズシンガーの子がね、とっても可愛くて。マキエちゃんって名前だったんだけど。
好きでさ、顔も可愛いし、歌も良かった。なんとなく電話番号交換して。

楽しかったねー、飲みに行っていろんなこと話した。

ある日電話がかかって来て
「下着、売ったんだ。10万円くれたよ」

どう答えたらいいのかわからなかった。
バカみたいにふーんと答えた。

「あんたも売らない?」とマキエちゃんがきく。

「私は」

「売らない」

電話が切れた。

マキエちゃんとはそれっきりになった。
売ったことで傷ついたマキエちゃんは私に共犯になって欲しかったのかもしれない。

私は寄り添うことができなかった。

下着くらい売ったってなんてことないよね。
そうさ、それでどうにかなるってことないし、お金もらえていいじゃん。

そう一緒に言いたかったのかもしれない。

ドイツの農夫たちは、臭い下着を売る。
下着を売っても傷つかない男たち。



# by cazorla | 2019-04-03 02:12 | 思うこと | Trackback | Comments(4)

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ブログの素敵なことはブログを通じていろんな意見を聞けること。
ツイッターとは違う。
どう違うんだろう。
多分こたつに入って、ゆっくりとそれぞれの意見を言い合うような、それがブログ。

私が本格的にブログを始めたのは、セイロンベンケイさんという素敵なブロガーがいたから。
今はミミズさんという。

ミミズさんはよくブログを消しちゃうのでここにコメントをコピペしとく。
多分ミミズさんは許してくれる。(してくれないかもしれない)

以前、ミミズさんが拙ブログでコメントくださったことがある。
その記事がどっかで取り上げられて、pvが伸びていたので、どういうことで取り上げられたのか見に行ったらミミズさんのコメントが褒められていた。
コメントがとてもおしゃれだとかなんとか。

記事は家に幼児を置いてけぼりにした場合は虐待なのに認知症の老人は虐待にならないのはなぜ
ってことだったんだけど。
少しずれて、ちょうど考えていたこと。
子殺しは罪が軽すぎないかなってことを考えていたので疑問を投げた。
そのコメントへの返信とそのまた返信の返信。

で、考えたんだけど、今、すごく議論とかあるのは、(世間で)前提が違うんだよね、きっと。
ミミズさんと話してると、元の意見は違っても納得することがいっぱいあるのはやっぱり前提が同じ、または相手の前提を理解してるからなんだろうな。

Commented by cazorla at 2019-03-19 02:10 x
この間、ちょっと考えてたんだけど、
親殺しって刑が重いでしょう?
多分刑法が変わってないから同じだと思うんだけど。
子殺し、この間見たの確か10年、軽くない?

あと、三つ子の次男を殺した事件
重すぎるって軽くするための署名運動が来たんですが、
子育てが大変だからって2回も床に叩きつける?
2回叩きつけたんだからこれは殺意があったと言われてもしょうがない様な気がする。

という様なことを昨夜考えてました。
記事とはずれるけど

Commented bymimizu at 2019-03-19 10:32
> cazorlaさん

おひさしぶり。
入院の報せも何もせずにごめんなさい。
まあカソルラさんはそういう小さいことは省いていいかと思って。
ちなみに今日の午後退院です。

罪の重さという視点では考えたこともなかったけど、量刑としては親殺しの方が重いの?
だとしたら「育ててもらった恩を忘れて」というのが基本にあるのかもね。
子どもの場合は面倒見てやる存在という意識が働いてるのかな?
どちらも虐待という事例は除外されてるんだろうし、そういう意識がまかり通った良き時代に決められたものなんだろうね。
良き時代、、、きっとそうだったんだろうと思います。
Commented by cazorla at 2019-03-20 09:55 x
高校の時の社会、えっと法律とか入った科目ってなんだった?
その時、習った言葉が忘れられない。男の40くらいの先生だったけど。
「親父ってさ、殺したくってたまらないからやっぱり刑を重くしとかないと、こんくらいの刑なら殺してもいいかなって思うわけよ。だから刑が他より重いの。でもね、不公平だよね、親殺しの方が刑が思いなんてね」

そういうもんかなーって。
でも最近はやたら子殺し多いよね。あ、親殺しも多いかも。
子殺しはどんな事情があっても許せんなと私は思う。
親はね、加害者だったこともあるわけで、

親に殺されるのは嫌だけど、子供に殺されるんならしょうがないなって思う。
で、殺されたんじゃなく、自殺だったように細工して死にたいな。
って、殺されたら細工はできないね。遺書書いといてあげるとか。
Commented bymimizu at 2019-03-21 11:38
> cazorlaさん

父親は殺したいくらい憎かったな。
小学校の頃は本当に大きくなったら殺してやるって思ったし、本気で毒物をごはんに混ぜてやるとか思ってた。
まあ毒物が手に入らなくてよかったのと、僕は中3くらいまで小さくて(虐待されてる子は伸びないみたい)、高校入ってから一気に伸びたけどその時にはもう家にいる気もなくて家出したから殺さずにすんだ。
でもね、あんな親ではあるけど、死んじゃったらあれでけっこういい親父に思えたりね。
いや、死ぬ前から、認知症になってむちゃくちゃだった親父はけっこうかわいかったな。
なんて言うんだろう、、、迷惑な存在って案外愛せるよね。
Commented bymimizu at 2019-03-22 01:22
> cazorlaさん

その社会の先生の主張は裁判所で通ったみたいよ(カソルラさんのコメントを読んで気になった人が調べてくれてる)。
https://houritsu.tac-school.co.jp/blog/gyosei/1803280107.html
「尊属殺重罰規定の立法目的自体は不合理な差別とはいえなけれども、それを達成するための手段として、死刑と無期懲役しかないのは、不合理な差別といえるので、刑法200条は憲法に違反する。だから、尊属殺人があったとしても、普通殺人として扱うことになるということです」。
法律だから合理的かどうかが争われるのは無理ないところなんだろうけど、そもそも合理的な殺人ってあるのかな。
いずれにしても、親殺しは罪が重いと言われていたのはやっぱり良き時代だったんだろうなと思います。
親がいなけりゃ自分はこの世に存在しないということを道徳のように教えてた時代。
泉谷しげるのひねくれ子守歌という曲に「生れたくて生れてきたんじゃない」という歌詞があって、高校の頃の僕は「そうだ!そうだ!」って拳を振り上げたのを憶えてるけど(笑)
Commented by cazorla at 2019-03-23 07:59 x
>親殺しは罪が重いと言われていたのはやっぱり良き時代

そうなのかもですね。
その時代は親も子供を殺すということを考えなかったし、子育てが大変だとも思ってなかった。そこのただあるものとして受け入れてたんでしょうね。

三つ子の1人を殺したお母さん
お父さんが役立たずだったってことで
なんで夫はのうのうと外にいるんだって意見があって
減刑の署名運動があるんだけど、

ちょっと違和感感じるのね。それって私がババアだからかな。
それは彼女の問題であって夫が無能であったことは関係ないんじゃないかって。
そりゃ、夫がバシバシ子育てしてたら殺さないで済んだって考えがあるのはわかるけど

殺したんだよ、自分の子供を

殺すってすごいエネルギーが必要だと思うんだよね。
たとえ、未熟児で生まれたとしても、すでに11ヶ月になっていたら。

夫はもしかしたら子供に興味がなかったのかもしれない。
Commented by cazorla at 2019-03-23 08:01 x
自由じゃない時代に自由を勝ち得ようと頑張るところに自由の意味がある

と。

自由って実は存在しないもので、得たと思ったら実は得てないもの。
存在しないもので

ただ、自由がなくて拘束されている時代に自由になりたいともがくことが自由の存在意義なんじゃないかなって感じ。

それが親なんだよね、きっと。
Commented by cazorla at 2019-03-23 08:04 x
子供ができて楽しいなと感じたのは、うっかり取り落として問題ないことで、
赤ちゃんとめちゃぐちゃぐちゃにして遊んだ。

でもさ、もしかしたら今は育児書とかに書いてあるように、他の人に怒られないように、頑張らなくちゃいけないから大変なのかなと思ったりします。

もっと気楽に楽しめばいいのにね。

とかいうと楽な子供だったと思われるけど2時間しか寝ない、脳を半分ずつ使う子だったんだよね。眠らないと気分がおかしくなることもわかるつもりだけど。
でも子供がいるって素敵なことじゃない?
Commented bymimizu at 2019-03-24 21:38
> cazorlaさん

三つ子の話って有名な話なの?
知らない(なら調べろって話だけど)からコメントしようがないけど、自分の行為に対して「〇〇のせい」という人は多いよね。
気持ちはわからなくないし、実際きっかけとなることがなければその人の人生全く違ったものになってた可能性はおおいにあるわけだけど、それでも僕は「誰かの」とか「何かの」せいにするのは好きじゃない。
それが僕の自己責任観かなあ。
自己責任っていうのは自由の原理だと思うのね。
でもじゃあ自由とか自然とかってどんなもの?と問われると答えに窮するけど、「私は自由に生きてる」とか「俺は自然に生きてる」とかって言葉を聞くとその人はすごく不自由してるんだなとか、自然に生きてるって言えるってすごく不自然じゃない?とか思っちゃう。
Commented bymimizu at 2019-03-24 21:39
> cazorlaさん

>他の人に怒られないように、頑張らなくちゃいけないから大変なのかなと思ったりします。

公的自己意識ってやつだよね。
反対に「もっと気楽に楽しめばいいのにね」が私的自己意識。
日本では前者が強くて、欧米諸国は後者が強いと言われてるみたいだけど・・・。

>でも子供がいるって素敵なことじゃない?

うん、すごく素敵。
育児に限らず介護も同じで、「えーい、くそ!」と思うことのできる対象がいる暮らしって素敵と思います。
それは例えば伴侶に対しても。
そしてもっと範囲を大きくすれば、学校で、職場で、地域で、思い通りにならない相手がいる暮らしも。
ここでさっきの自由の話に戻るけど、だから自由ってすばらしいと思うんだろうなと。





# by cazorla | 2019-03-26 16:41 | 思うこと | Trackback | Comments(6)

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マドリードに行ってきた帰り。
リナーレス・バエサ駅で。
じっと待ってる犬。

田舎の駅ってオープンスペースだから、犬も簡単に中に入れる。
電車に乗って隣町に行きたければ行ける。たぶん。

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待つ人はなかなか来ないようだ。

じっと見ている。
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カメラに気づいたみたい。
なんか用?

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ほっといてくれよね、って顔してる。

待つことは幸せなんだよ。

ドイツだったか、忠犬ハチ公はダメだって記事が出てた。
飼い主を待って何年も時間を無駄にするのは、良くない。
だから映画も教育上良くないとかいう話。

スペインでは忠犬ハチ公に似た犬がいてやっぱり銅像が建っている。
犬は犬の人生(犬生)を生きる。
犬には犬の生活がある。

それでいいじゃないかと。

私は私の人生があるし。

まあ、それでいいんじゃないかと。

そうじゃないですか?

ビオラを弾きながら鼠の帰りを待っていた人もいる。

それはそれでいいんじゃないかと。
待つ人がいない人生も
待つ人がいた人生も
待っててくれた人がいた人生も
誰も待たずに1人だった人生も
全て等しく素敵だったと。



# by cazorla | 2019-03-23 08:33 | しょうもないこと | Trackback | Comments(4)