1978年のヌーディストとの海辺の恋
2010年 09月 11日
アルメリアに行ってきました。
朝 四時起き。
夫と2人だけの 遠出。
海にたどり着くのが 9時。
一時に早めの食事をして帰る。
浜にいるのは たった 三時間。
カボ・デ・ガタは 自然公園に指定されている場所だが
そこには 二つ 有名な浜辺がある。
ヘノバとモンスール。 その間のモンスールにかなり近いところに 小さな浜辺があって
比較的 人が少ない。
外国人に人気があって ナチュリスト海岸でもある。
ナチュリスト というのは ナチュラリストとは 違う。
ナチュリストは 基本的には 自然愛好家だが ヌーディストを意味することが多い。
うちの夫は生物学専攻であったから ナチュラリストであり 同時にナチュリストでもある。
1978年 イビサで 自然を謳歌し
その後 インドのゴアで 充実させる。
つまるところ 筋金入りのナチュリストとも言える。





朝一番は 静かで ドイツ人らしき3人組 およそ六十才くらいのグループがいただけだったが
三十分もしないうちに あれよあれよと やって来て あっというまに 五十人くらいの ナチュリストに
取り囲まれる。
タルコフスキーの映画の場面みたい。
タルコフスキーは ここで どんな音楽をかけるのだろうか。
バッハのトッカータなんて よいかもしれない。
なぜだか わかんないが 私たちの寝そべっている すぐそばに やって来る。
夫はだいたい 人がそばによるのを好まない。
なんで こんなにそばに来るんだろう ともぞもぞしている。
やっぱり なんとなく シンパシーを感じるんじゃない? とわたしが言うと
そんなもん 感じないで欲しいと
タオルを移動。
もっと 波打ち際のそばによる。
しばらくして いきなり 水が高くなって
・・・・・
びしょ濡れ。
日焼け止めクリームの匂いがすごいグループとか
日焼けオイルの匂いのグループ
パラソルを持ってきているグループ
パラソルの下で椅子を置いて 雑誌を読んでいる
クーラーにたくさん飲み物を入れて持ってきて コカコーラを飲んでいる
そして なんといっても よく歩き回る。
タルコフスキーのノスタルジーを思い出してしまう。
ただひたすら 浜辺を往復している。岩に辿り着くと そこに軽くタッチし
また引き返す。
1978年のヌーディストは ああじゃなかった。
クリームの匂いのするヌーディストなんて ふざけんじゃねえっ。
肌が弱いんじゃないの と わたしが言う。
パラソル 椅子 なんだなんだ いっぱい持ってきて。
何も持たないことを希求するのが ヌーディストの本来のあり方だろう。
と 夫は 機嫌が悪い。
その上 肥りすぎだっ。 と 夫は付け加える。
はだかでいる というのは 気持ちがよい。
村上春樹氏も 書いている。
なんとなく まねして 裸になってみると なかなか よい気持ちで
癖になる。
だからって 日常を切り離して クリームを塗ることをやめるわけにもいかない。
今は 1978年じゃない。
あの時代 ものを持ちすぎ青年達が自由をもとめて イビサに行き
そして ゴアに行った。
今は 物を持つことと裸になることは 矛盾しない。
哲学なんて はるか昔に消えている。
だからこそ サルコジの奥さんの元夫が 哲学者なんて言うと 感動してしまうのだ。
十二時になると ますます 人が増えて
まるで 流行っている銭湯状態。
そういうわけで 海をあとにしました。
佐藤春夫 海辺の恋
ひさしぶりの海辺の恋 でした。
おまけ ダイエット中間報告 だいたい 25日経過
現在 166センチ58㌔
目的まで あと 3㌔。
少し 腕の肉が落ちてきたと思う。


これ以前にも載せた写真でも着ていますが 夫のお気に入りの服なのです。
キャサリンハムレット。
もう20年着ています。
あと 何年着られるかな・・・。
朝 四時起き。
夫と2人だけの 遠出。
海にたどり着くのが 9時。
一時に早めの食事をして帰る。
浜にいるのは たった 三時間。
カボ・デ・ガタは 自然公園に指定されている場所だが
そこには 二つ 有名な浜辺がある。
ヘノバとモンスール。 その間のモンスールにかなり近いところに 小さな浜辺があって
比較的 人が少ない。
外国人に人気があって ナチュリスト海岸でもある。
ナチュリスト というのは ナチュラリストとは 違う。
ナチュリストは 基本的には 自然愛好家だが ヌーディストを意味することが多い。
うちの夫は生物学専攻であったから ナチュラリストであり 同時にナチュリストでもある。
1978年 イビサで 自然を謳歌し
その後 インドのゴアで 充実させる。
つまるところ 筋金入りのナチュリストとも言える。





朝一番は 静かで ドイツ人らしき3人組 およそ六十才くらいのグループがいただけだったが
三十分もしないうちに あれよあれよと やって来て あっというまに 五十人くらいの ナチュリストに
取り囲まれる。
タルコフスキーの映画の場面みたい。
タルコフスキーは ここで どんな音楽をかけるのだろうか。
バッハのトッカータなんて よいかもしれない。
なぜだか わかんないが 私たちの寝そべっている すぐそばに やって来る。
夫はだいたい 人がそばによるのを好まない。
なんで こんなにそばに来るんだろう ともぞもぞしている。
やっぱり なんとなく シンパシーを感じるんじゃない? とわたしが言うと
そんなもん 感じないで欲しいと
タオルを移動。
もっと 波打ち際のそばによる。
しばらくして いきなり 水が高くなって
・・・・・
びしょ濡れ。
日焼け止めクリームの匂いがすごいグループとか
日焼けオイルの匂いのグループ
パラソルを持ってきているグループ
パラソルの下で椅子を置いて 雑誌を読んでいる
クーラーにたくさん飲み物を入れて持ってきて コカコーラを飲んでいる
そして なんといっても よく歩き回る。
タルコフスキーのノスタルジーを思い出してしまう。
ただひたすら 浜辺を往復している。岩に辿り着くと そこに軽くタッチし
また引き返す。
1978年のヌーディストは ああじゃなかった。
クリームの匂いのするヌーディストなんて ふざけんじゃねえっ。
肌が弱いんじゃないの と わたしが言う。
パラソル 椅子 なんだなんだ いっぱい持ってきて。
何も持たないことを希求するのが ヌーディストの本来のあり方だろう。
と 夫は 機嫌が悪い。
その上 肥りすぎだっ。 と 夫は付け加える。
はだかでいる というのは 気持ちがよい。
村上春樹氏も 書いている。
なんとなく まねして 裸になってみると なかなか よい気持ちで
癖になる。
だからって 日常を切り離して クリームを塗ることをやめるわけにもいかない。
今は 1978年じゃない。
あの時代 ものを持ちすぎ青年達が自由をもとめて イビサに行き
そして ゴアに行った。
今は 物を持つことと裸になることは 矛盾しない。
哲学なんて はるか昔に消えている。
だからこそ サルコジの奥さんの元夫が 哲学者なんて言うと 感動してしまうのだ。
十二時になると ますます 人が増えて
まるで 流行っている銭湯状態。
そういうわけで 海をあとにしました。
佐藤春夫 海辺の恋
こぼれ松葉をかきあつめ
をとめの如き 君なりき、
こぼれ松葉に火をはなち
わらべの如きわれなりき。
わらべとをとめよりそひぬ
ただたまゆらの火をかこみ、
うれしくふたり手をとりぬ
かひなきことをただ夢み、
入り日のなかに立つけぶり
ありやなしやとただほのか、
海べのこひのはかなさは
こぼれ松葉の火なりけむ。
ひさしぶりの海辺の恋 でした。
おまけ ダイエット中間報告 だいたい 25日経過
現在 166センチ58㌔
目的まで あと 3㌔。
少し 腕の肉が落ちてきたと思う。


これ以前にも載せた写真でも着ていますが 夫のお気に入りの服なのです。
キャサリンハムレット。
もう20年着ています。
あと 何年着られるかな・・・。
干満の差が激しそうですね。ヨットも近づけない自然そのままの海なんですね。
昔のヨット乗りは基本的にナチュリストだったと思うのですが、最近のヨットは冷蔵庫はあるはクーラーはついているはで、とてもナチュリストの乗り物ではなくなりました。
昔のヨット乗りは基本的にナチュリストだったと思うのですが、最近のヨットは冷蔵庫はあるはクーラーはついているはで、とてもナチュリストの乗り物ではなくなりました。
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あんつぁん
ヨットってイメージとしては 台所もあるし 部屋もあるし
基本的に自分の空間だから すべてがそろっていても ふんふんと聞けるんだけど やっぱりビーチは 共有空間だから ついつい めがいっちゃいますね。
ヨットってイメージとしては 台所もあるし 部屋もあるし
基本的に自分の空間だから すべてがそろっていても ふんふんと聞けるんだけど やっぱりビーチは 共有空間だから ついつい めがいっちゃいますね。
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
鍵コメさん
教えてくれてありがとう。
教えてくれてありがとう。
カオルさん
こんにちは。
正論世代なんですよねー。(笑)
極度に正論だと またそこにほのかなユーモアが出てきて
(本人の意図に関係なく。)楽しく過ごせます。
きれいなカオルさんにきれいと言われるとうれしいっ。
こんにちは。
正論世代なんですよねー。(笑)
極度に正論だと またそこにほのかなユーモアが出てきて
(本人の意図に関係なく。)楽しく過ごせます。
きれいなカオルさんにきれいと言われるとうれしいっ。
by cazorla
| 2010-09-11 09:09
| アンダルシア
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Comments(10)


