壊された幼年時代|世界が攻撃的になっている
2021年 07月 31日
トルーマン・カポーティーの「冷血」は幼年時代の物語なのだと思う。
カポーティーの処女作「遠い声、遠い部屋」は14歳のときに父親に会いにいく物語。
その他の作品も「誕生日の子供達」なども含め、比較的幼年から少年時代を描いている。
その中で「冷血」は実際にあった殺人事件を基にしたノンフィクション小説という新たな分野と言われるが、これも結局は幼年時代がテーマなのではないかと思う。
殺人を犯したペリーが刑務所でリスと仲良くなるシーンがある。
リスは警戒心をなくし、部屋に入ってペリーの手から直接食べ物を受け取るほどになる。
その場面を「冷血」の中で甘すぎる場面だという人もいる。
どんな人も優しいから赦してあげるべきだと。
いやカポーティーは赦しを乞うているわけではない。(と思う)
赦しではなく、幼年時代に破壊されたものは修復不可能だという残酷な結論を、このリスの場面で言いたいのではないかと。
子供時代。
今、グローバルの時代で貧しい国から豊かな国への移動が多い。
メキシコと米国の国境では、子供だけを送り込んでしまう親もいる。
それはスペインも同じ。
アフリカから未成年の子供達が大量に送り込まれる。
子供達(といっても14歳以上の人が多い)は、未成年ということで保護され宿泊所を与えられる。
一月分のお小遣いとして600€も渡される。
そして彼らは空いた時間に盗みをしたり、街を歩いたりする。
満足できない子供時代は、どんな影響があるのだろう。
両親の元に返すのが一番だというとファシストと呼ばれる。
かなり治安が悪くなっていて、ラ・コルーニャの事件だけではなくあちらこちらで殺傷事件が起きてる。
ラ・コルーニャの事件についてはこの記事にあるようにウルトラ左翼による暴行事件となっているけど、基本的には暴力的な青年グループによる犯行。
その他にサン・セバスチャン近くの事件もコアラ兄弟と名付けられた不良グループによるもの。
世界が少しずつ凶暴になりつつあるように感じる。
ちょっとしたツイッターなんかでも攻撃的な言い方が多い。
差別とか男尊女卑とかというより、そういうものを道具にして攻撃を仕掛けているように感じる。
それも子供時代の渇望によるものじゃないかと感じる。
トルーマン・カポーティーは、壊された幼年時代を執筆という作業に昇華させた。それでも彼は修復することができなかったのだろう。それでも(多分)他者に攻撃的にならずに済んだ。
しかし多くの場合、攻撃は他者を巻き込む。

by cazorla
| 2021-07-31 07:32
| スペインの新聞から
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