差別の原因はシンプルに恐れなのではないかな?
2021年 08月 13日
長女が16歳のときにフェリアのダマ・デ・オノール(名誉貴婦人)に選ばれたとき。
けっこう苦情が発生したらしい。
「せっかくのフェリアの貴婦人に中国人が選ばれた、残念なことだ」って聞こえよがしに言ってくる老人がいた。
そういう風に書くと差別だって思う人もいるかもしれないけど、実際のところ私は、まあそう思うのも無理がないかなと思っていた。
市役所に苦情の電話を入れる人も多かったらしい。
調理師学校に通っていた頃、作った料理で誰が一番上手にできたかとう投票をしていたんだけど、絶対私は選ばれないの。
生徒同士で仲良く、少なくとも表面上は仲良くしてたけど、やっぱり基本はスペイン料理を外国人にできるはずがない、見た目が良くても本当のスペイン料理じゃないって心の中で思ってたんだろうな。
それを先生も感じたらしく、途中で投票をするのをやめて先生が独断で今日は誰のが良かったっていうようになった。
差別というものはあると思う。
でもどちらかというとよそ者に対する排斥といったほうが近いんじゃないかと思う。
私はあまり深く悩まないほうなので、まあそういうものかもしれないなっと思ってしまうたち。
それでストレスなしでスペイン生活が続いているのでしょう。
それでも気持ちが落ち込むとマルセル・ムルージの「エンリコ」という小説のことを思い出す。
ムルージのお母さんはフランス人、お父さんはイスラム系の国出身者。
フランス人の母はオリエンタル女性に対するコンプレックスに苦しんでいたことが発露となって、母親似の兄(青い目)を大切にしマルセルを嫌った。
アメリカのリンカーン大統領の元で働いていて生物学者は、アフロ系との間に生まれた子どもは白人よりはるかに魅力的になるのでとても危険だから結婚も恋愛も禁止するべきだとリンカーンに忠言したとある。(参考:パンダの親指)
自分たちの文化や種が破壊されてしまうのではないかと、恐れているのかもしれない。
差別は嫌悪よりも恐れが原因で、恐れが嫌悪に変化したもの。
大いに同感します。
このフルートを持つ娘さんを撮ったのは何方ですか?
黒を基調として、顔とフルートを浮き出たせていてとても素人が撮ったものとは思えないのですが、、。
このフルートを持つ娘さんを撮ったのは何方ですか?
黒を基調として、顔とフルートを浮き出たせていてとても素人が撮ったものとは思えないのですが、、。
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私は鈍いのか、それとも恵まれていたのか、通算20年以上スペインに滞在して、差別されてると意識した事はなかったです。
チニータって言われても、気にならなかった。
中国人と日本人、喋らなければ日本人の私でも区別がつかないし…って感じで、物珍しげに見られても、珍しいのは事実だし。
そういった「区別」が「差別」や「排斥」に変わるのは、恐れの前に一種の劣等感があるんじゃないかと思います。
そして劣等感は差別する側だけではなく、差別される側にもあると思います。
例えば日本人なら、欧米人に比べて目が細いとか、スタイルが悪いという劣等感があって、そういう風に見られている→差別されてると感じてしまう。
で、私は差別なんかしてない、日本人と中国人の区別もできる、みたいな人もいるじゃないですか。でもこれもおかしい。どっからそんな優越感が生まれるんだ?(笑)
人間は他の動物に比べて未成熟な状態で生まれて来るので、物事を直接、あるがままに認識する事が本来できないそうです。違いを違いとして受け止める=区別して、あるがままを受け入れるという事は、実は人類にとって、とても難しい事なのかもしれません。
チニータって言われても、気にならなかった。
中国人と日本人、喋らなければ日本人の私でも区別がつかないし…って感じで、物珍しげに見られても、珍しいのは事実だし。
そういった「区別」が「差別」や「排斥」に変わるのは、恐れの前に一種の劣等感があるんじゃないかと思います。
そして劣等感は差別する側だけではなく、差別される側にもあると思います。
例えば日本人なら、欧米人に比べて目が細いとか、スタイルが悪いという劣等感があって、そういう風に見られている→差別されてると感じてしまう。
で、私は差別なんかしてない、日本人と中国人の区別もできる、みたいな人もいるじゃないですか。でもこれもおかしい。どっからそんな優越感が生まれるんだ?(笑)
人間は他の動物に比べて未成熟な状態で生まれて来るので、物事を直接、あるがままに認識する事が本来できないそうです。違いを違いとして受け止める=区別して、あるがままを受け入れるという事は、実は人類にとって、とても難しい事なのかもしれません。
> あのにまさん
やっぱりね、マドリードと田舎では違うんですよ。
マドリードで幸せな子ども時代を送っていた娘ですが、田舎に引っ越した途端ブスカテゴリーに入れられました。すごくコンプレックスに苛まれたた。
劣等感ってある程度の価値観がないと出てこないように感じるんです。田舎の人は、やっぱりなんでよそ者がっていうのと、ただなんとなく異質のものに対する恐れ=本能的な身を守りたいという気持ちがあるんじゃないかなと。
特に農耕民族はエリアを守りたいという気持ちが強いんじゃないでしょうか。昔、もっと日本人がゆったりしていた時代。漁師さんんは漁ができる場所を目指して移動してたって先日吉本隆明氏の本で読んだんです。移動していた時代の方がオープンだったかもしれない。
やっぱりね、マドリードと田舎では違うんですよ。
マドリードで幸せな子ども時代を送っていた娘ですが、田舎に引っ越した途端ブスカテゴリーに入れられました。すごくコンプレックスに苛まれたた。
劣等感ってある程度の価値観がないと出てこないように感じるんです。田舎の人は、やっぱりなんでよそ者がっていうのと、ただなんとなく異質のものに対する恐れ=本能的な身を守りたいという気持ちがあるんじゃないかなと。
特に農耕民族はエリアを守りたいという気持ちが強いんじゃないでしょうか。昔、もっと日本人がゆったりしていた時代。漁師さんんは漁ができる場所を目指して移動してたって先日吉本隆明氏の本で読んだんです。移動していた時代の方がオープンだったかもしれない。
なるほどね、マドリッドでは或る意味、みんなよそ者だものね。
考えてみると、私は日本国内でも田舎と言えるところがなくて、移動民族だったかも。同じように他所から来た人が結構多い土地ばかりで生きてきた事に気づきました。
代々ずっと住んで来た人の多い土地に行ったら、よそ者で差別されてたかもしれませんね。
考えてみると、私は日本国内でも田舎と言えるところがなくて、移動民族だったかも。同じように他所から来た人が結構多い土地ばかりで生きてきた事に気づきました。
代々ずっと住んで来た人の多い土地に行ったら、よそ者で差別されてたかもしれませんね。
> あのにまさん
あとね、貧しい地域かどうか(自然とか歴史とか政府との関係とか)も影響するのかなと思います。
カソルラは、今でこそオリーブで潤ってますが、元々は小作人の多いエリア。ほとんどがマドリードの地主のものです。で50年前くらいは雪が降ると交通が遮断され食べ物が届かず餓死する人も多かったと聞いてます。そういうところってやはり余計なよそ者に来て欲しくないって思うのではないかなって。スペイン人でさえ、ここの人って変だっていうくらいだから。マラガの人、カディスの人、セビージャの人、みんな差別されているって言ってます。
あとね、貧しい地域かどうか(自然とか歴史とか政府との関係とか)も影響するのかなと思います。
カソルラは、今でこそオリーブで潤ってますが、元々は小作人の多いエリア。ほとんどがマドリードの地主のものです。で50年前くらいは雪が降ると交通が遮断され食べ物が届かず餓死する人も多かったと聞いてます。そういうところってやはり余計なよそ者に来て欲しくないって思うのではないかなって。スペイン人でさえ、ここの人って変だっていうくらいだから。マラガの人、カディスの人、セビージャの人、みんな差別されているって言ってます。
by cazorla
| 2021-08-13 08:00
| 思うこと
|
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