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幼年連祷

古代ギリシアには クマーラという子供の神様がいたそうだ。
子供には 強い力があると信じられていた。
古代ギリシアの教育が シュタイナー教育になったとも言われる。
法隆寺にギリシア様式が入っているといわれるが
あの遠い時代 遠い日本にもギリシアの文化が伝わってきた。
クマーラは鞍馬と名前を変えて京都に住む。

父は 婿養子で最初の結婚をし 妻が死んだ後 そのままその家に残り 私の母と結婚した。
最初の妻は 身体が弱く 子供ができなかったので 養子をもらっていた。 その子は 妻の甥だったので 父の舅と姑にとっては 孫であった。 そこに 母が嫁いできた。
母は 年下の学校の教師をしている人とつきあっていたが 当時は初婚であっても 年下と結婚するのはむずかしかったのか 祖母は その結婚には反対した。 母は末っ子であったので わがままで できるでけ血縁関係の薄い人を ということで父を選んだと言うことだ。
そんな母であるからたぶん義理の息子とはうまくいっていなかったのだと思う。
ある日 たぶん 母は 彼を叱ったのだと思う。
これは全て推測である。
その時 私は四才くらい。当時は幼稚園は年中さんか年長さんから と言う場合が多かったので幼稚園には行っていなかった。 家の裏の塀の所で 義理の兄と彼の友人が私を待っていた。 押しつけられた背中が痛かった。ほんとは違う所が痛かったのかもしれない。しかし 私の記憶では背中がひどくいたかった。

記憶はあいまいである。
私は歩けなくなって病院に行っている。 半年くらい歩いていない。
検査を色々したが 歩けなくなる理由がない。
医者は 母に 叱りすぎていませんか と訊いた。
精神的ショックといえばそれくらいしかないのだ。

しばらくして 父が養子縁組を解消し 私と母と父は苗字が変わった。
義理の兄は 彼の祖母といっしょに 祖母の故郷に行った。
真実は わからない。 ただ事実は 苗字が変わったこと 一時期私が歩かなかったこと。
それだけだ。

あいまいな記憶の中で 私は子供時代を失った。

ジョン・アーピング と言う作家が好きだ。
彼の作品 ホテル・ニュー・ハンプシャー
映画では ジョニー・フォスターが出ていました。
映画も 小説にかなり近い感じで 良くできていると思う。
その中で 主役の長女フラニーがレイプされる。 傷ついたフラニーは 弟と激しい一夜を過ごして 魂が救われる。
ジョン・アーピングという作家の作品は いつもとんでもないシチュエーションで へたをするとしっちゃかめっちゃかな作りになる可能性をはらんでいる。それでも きちんと文学として 読者に不快感をあたえず メッセージを送れるのは彼の人柄なのだと思う。
映画の中でも 決心した弟 ロブ・ロウ演じるジョンが 走って姉の部屋に行く姿がユーモラスだ。 
人間を傷つけるのは人間だし 人間を癒すのも人間だ。


自由な国 というのは現実にはないのだと思う。
自由になりたいと思いながらも 実際には いろんな出来事や悲しみ 不満の奴隷になっている。 自由なのは魂が解放された時だと思う。

魂は今解放されてゆらゆらと もう一度幼年を生きる。
私に自由をくれた あなたへ
感謝をこめて

【これを書く必然性というのは実はない。ただ ホテル・ニュー・ハンプシャーの あの場面が好きだと書きたかったのだが その前提がないと 不謹慎だと思われそうなので。映画はたぶん五回以上見ている。 好きな作品なので勧めるたびに一緒に借りて色んな人と見た。 小説も 二度きちんと読み 好きな場面をたまにぱらぱらと読む。 これを見た時自分の中でいつか解放されると確信したのだと思う。 考えてみればたいしたことではなかったのだが。 それでも きちんと 年上の男の人と話すこともできなかった。 8年間 八才年下の彼とつきあった中で 私は少しずつ 治癒されていった。 治癒なんて実は大げさで書いてるだけで恥ずかしいくらい大げさである。 そして ちゃんと同い年の夫と出会った。 ある日 伊藤比呂美の詩の朗読会で 彼女の詩を聞いて 現在の夫を好きだと 気づいた時 それは 不思議な感覚だった。 その詩についてはまた書きたいと思う。 私は夫とつきあい始め 伊藤比呂美は アメリカに渡った。 彼女も ひとつの区切りだったのだろう。】
Commented by antsuan at 2006-11-05 12:57
女性の気持ちはよく分からないまま年を取ってしまいましたが、母の気持ちは少しずつ分かってきました。その母は、妹が養女に行くことになっていた家に、妹が若死にしたために替わりに行き、婿養子を貰ったのでした。家に縛られた結婚生活、昔は当たり前だったのでしょうが、複雑な人間関係にずいぶんと辛い思いをしたようです。
他人事とは思えず、ついつい母の事を思い浮かべてしまいました。
Commented by junjapon at 2006-11-05 17:30
おはようございます。 映画みてみたいですね。  cazorlaさん、いつかお会いしてお話いろいろ聞きたいし、聞いてもらいたいと思いましたね。 私は父親知らずなんです。母は私生まれてすぐ離婚したのですね。姉がいるのですが彼女は知ってるのかも?母は21歳の時姉を産み、そして私。母の母(おばあちゃん)とで毎日働きっぱなしで家族を守り、うちらを好きなように育てていただきました。母とおばあちゃんがあって大きくなれました。彼女たちを尊敬しています。
Commented by eaglei at 2006-11-05 20:46
僕が京都へ行く時に乗る電車で、鞍馬へ行くことができます。
まだ行ったことがないのですが、ギリシャと関係があるのですね。
日本とトルコは縁があると言いますが、隣のギリシャとあっても不思議でないですね。

人って、デリケートなもの。
人格を育てる文化があったら、どれほどの世界になるのかと思います。
野獣のような力でなく、滲み出る人格で勝負できる時代にしたいものです。
弱いものをいじめる社会から、はやく決別しないといけません。
女性と子供が、最も大切に守られる社会に・・・。
Commented by seilonbenkei at 2006-11-05 22:25
子どもが小さい頃、カミさんがシュタイナーにはまっていたことがあります。毎週通ってて、オイルトミーだっけかを買うとか買わないとか。カミさんいわく、私は途中で諦めたけど、cazorlaさんなら継続するかもしれないなぁ、と。深読みかもしれませんが、cazorla家がテレビを置かない理由もこのあたり?
幼年連祷って言葉そのものからしてわからなかったのでググったのですが、笑わないでいい人が笑うという詩のことですか?
だとすると、笑わないでいい人というのは、cazorlaさんにとって自分の身近にいた人なのでしょうか。そして、死ななくてもいいけものは、傷つきやすかった自分なのでしょうか。そんな風に思いながら記事を読みました。
で、ホテル・ニュー・ハンプシャー、借りてきました(笑)観てからもう一度cazorlaさんの記事を読み直してみようと思います。そうすれば、幼年連祷の詩も別の形で入ってくるかもしれません。
でも、カミさんが私も一緒に観たいからひとりで観るなと言うので、観るのは数日先になります。
ところで、鞍馬はサナトクマラがどうたらこうたらでなかったですか?
Commented by cazorla at 2006-11-06 03:51
アンツァン 昔は自分のことだけではすまない色んな問題がありましたね。
家族の中で 子供達もその秩序の中にいて。
母も大変だったのだろうな といまは 思います。
あんつぁんのお母様は うちの母以上にたいへんだったのでしょうね。
Commented by りろ at 2006-11-06 03:51
cazorlaさん、私も、ホテル・ニュー・ハンプシャーの、あの場面、好きです。私は、幼い頃、弟たちとの近親姦があり、そして、近所の年上の少年から、ずっと性的虐待を受け続けていました。だけど、それは、私が成長しすべてを癒して肯定できるようになるための、プロセスの一つに過ぎませんでした。あのことは、ある時期、深く困難な苦しみにはなったけど、少しも傷を残していないのです、私の中で。私の父親はアルコール依存で、家の中で散弾銃を撃つような男だったし、母親は一見マゾヒスティックな忍従の人なのだけど実はサディスティックな管理魔・干渉魔で、両親からたくさん怖い思いをさせられましたので、そちらの傷を癒すほうが、ずっとやっかいなプロセスになりましたね。けれど、今になれば、ドラマチックで豊かなおもしろい人生を与えられたなあ、と思います。こうして、実際にはいろいろ大変なことがあるのだけど、心の中は素晴らしく充実した今を迎えられて、人生って本当においしい、と思います。
Commented by cazorla at 2006-11-06 03:54
junさん だからおばあさまへの気持ちがひとしおつよいんですね。
家族が 強く結びついている というのは素敵なことです。
この ホテル・ニュー・ハンプシャーも ある家族の物語です。
Commented by cazorla at 2006-11-06 03:58
eagleiさん 今はインターネットもあるけど あの時代に ここまで伝わってきた ギリシア文化ってすごいな と思います。 というより あの時代 絹の道にしても 人びとは苛酷な条件の中で 移動し 文化も伝わっていた。 それはすごいことだ なと。
いろんなことは起こります。
今がつらくっても 楽しい明日がある と 信じたいと思います。
Commented by cazorla at 2006-11-06 04:06
セイロンベンケイさん サナトクラマ ググりました。 (笑)
お互いに知識の場所が別なので きっと話してるとどんどんどこかへ膨らんでいきそうですね。 セイロンベンケイさんのおかげでわたしも語彙が増えていきます。
ギリシアの子供の神様クマラが鞍馬天狗になったから 鞍馬天狗はいつも子供を連れている という説をちらっと読んだので ちょっとくっつけてみました。
幼年連祷は 吉原幸子の詩集からパクりました。
わたしも今 ググったら 曲がついて 歌になっているのですね。
この詩集は 夏の墓と2冊ペアになっているのですが 高校生の時たまたまみつけて 良く広げて読んでいました。 吉原幸子が幼年時代をもう一度見つめ直す という詩で わたしも 書くことによって 過去を見つめてみようかと思ったので。

  雪をにぎって とけないものと思ひこんでゐた
 いちどのかなしさを
 いま こんなにも だいじにおもふとき
 わたしは”えうねん”を はじめて生きる
 ……… (幼年連祷「喪失ではなく」)
Commented by cazorla at 2006-11-06 04:18
りろさん 人間って時としてすごくネガティブになったり 自分の運命を呪ったりしますが「 心の中は素晴らしく充実した今を迎えられて、人生って本当においしい、と思います。」と言い切ってしまわれる。 完璧な人生なんてないんですよね。
その出来事を自分の中でどう昇華していくか。

りろさん コメント ありがとう。
Commented by honn623 at 2006-11-22 11:43
セイロンベンケイさんの記事から、こちらの記事へ飛んできました。
私も4歳頃、向かいに住む従兄から性的虐待(当時は何をされたかわからない)をうけました。ネットを通して思うのは、こうして知り合ったわずかな人たちのなかでも、その痛みを経験してしまったことのあるひとが多いことです。
その痛みを昇華させるためにはしまいこんでいたものを一度みつめなくてはいけないのですが、そうしてでも乗り越えていける強さが人間にはあるのだと思うこの頃です。
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by cazorla | 2006-11-05 08:08 | 思い出 | Comments(11)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla