ピカソ 自分に自信がなかったころの作品
2007年 01月 13日
人間として 人としては興味がある。
「サンデジュマンデプレの夜」では 軽くお化粧をして イスラムの女性のようにベロをかぶってウィンクをする。 とてもチャーミングな男だと思う。
ダリがまだ無名のころは経済的にかなり援助した。
その後 市民戦争では ダリはフランコにつき ピカソは共産主義についたけど。
そんなピカソが書いた 戯曲が 今 上演されるらしい。
戯曲は フランス語で書かれた。
もうすぐ スペイン語訳が出る。
本人の気に入るスペイン語訳だとよいが。
もし生きていたら本人がスペイン語で 新たに書けるのに ね。
ちなみに フランコは 映画の脚本を書いていた。
作品は二十一才の時のもの。
まだ 自分に自信がなかったころ。
そう言う時代の絵であるから この絵が一番 私は好きである。
題名「狂人」
自分が間違っているかもしれないと思う人はとうぜん自信も持てない。特に若い頃は人生経験がないから。
ある程度の年を取ると、間違っていたとしてもそれを修復する技術を身につけるから、その技術にたいして自信を持つ。自分の生き方には自信を持てなくても、生きていくことには自信が持てるようになる。
例えば僕が間違っていても正直だった悲しさがあるから 流れていく 吉田拓郎「流星」
ネタできたな(笑)
しかしピカソの生涯の作品は役14万5千点位(絵画・版画・挿絵・陶器)あります
信じられないような、実に1日に2~3点製作した計算になります(まさに狂人・・笑)
そして6人の女性との出会いと別れ
すごく精力的な人物だったのでしょうね
良く知られてるピカソの絵の殆どはキュビズムといいます。
ピカソのこの言葉に若い頃憧れていました
「なぜ自然を模倣しなければならないのか?それなら完全な円を描こうとするほうがましなくらいだ」
自分がみて感じたものをありのままに描いて何が悪いと(笑)
おまけですがピカソの名前はパブロから始まりピカソで終わりますが
合計62文字(カタカナで小文字は覗きます)の長い名前です
最初と最後をとってパブロ・ピカソと呼ばれています
cazorlaさん、スペインの人はそんな人が多いのですか?
たぶん 自分の存在を認め始めたことなのかもしれません。
歩き続けてどこかにたどり着く自信はないけど
無人島でなんとか永らえて 戻ってくる自信はあります。
ネタって ブログはじめるの~?
たのしみっ!
①美人と出会う②急いで何枚か描く③画廊に持っていく④いっぱいお金を持って プレゼントがんがん買う というのがあります。
まじめに描いていたのと 美人のためかどうか けっこう殴り描き ぽいのもあるような・・・ でもタピストリー 陶器など 幅広いですね。
写真もたくさん残ってる。 キャパも確か撮ってますね。
戯曲まで書いてるってほんとに多才です。
スペイン人の名前は 名前・父の苗字・母の苗字
で 名前も 普通の名前と洗礼名を並べたり いくつか名前をならべたりしています。
苗字も たまたま 祖母の名前が すっごいよいファミリアでつけたいと思えば 母の苗字の横にくっつけることも可能。
ピカソの名前 Pablo Diego José Francisco de Paula Juan Nepomuceno María de los Remedios Crispín Crispiniano de la Santísima Trinidad Ruiz y Picassoですね。 ピカソは母方の苗字だそうです。