人気ブログランキング |

<   2007年 01月 ( 66 )   > この月の画像一覧

スペインは基本的には 第二次世界大戦には 参戦しませんでした。
しかし 一部隊をロシアに送っています。
ヒットラーに頼まれて・・・というのが表向きの理由。
そのへんのことをウィッキーペディアでは 次のように説明しています。

ウィキーペディアのフランコの章1939年9月に第二次世界大戦が勃発すると、フランコは国力が参戦に耐えられないと判断して中立を宣言したが、アントニオ・サラザール率いる隣国のポルトガルと同様、ナチス・ドイツの優勢を見て枢軸国側に近づく。ドイツがフランス全土を占領し、連合国がヨーロッパ大陸から追い出された直後の1940年10月には、スペイン内乱時代からの盟友であるドイツ総統のアドルフ・ヒトラーと、当時はドイツの傀儡政権であるヴィシー政府が統治していたフランスとスペインとの国境のアンダイで会談し、その蜜月関係を世界中に対し誇示した。

しかし、1943年頃より連合国が優勢になると、再び中立を誇示するという動揺を繰り返した。この巧みな外交によってスペインは第二次世界大戦の戦禍を免れた。


ただ ここに記載されていない事実として ドイツのプロジェクト・フェニックスがあります。
ドイツはスペインを侵略する予定でした。 これがプロジェクト・フェニックスです。 スペインを掌中にいれれば イギリスとの対戦がどれだけゆうりになるか。 ジブダルタルも閉鎖できます。
食料も手に入る。
フランコは スパイを送っていたのでその計画を知っていました。
そういうわけで ロシアに 最高将校たちを送ります。
彼らは 狂信的フランキストたち。 国のために死ぬ覚悟です。
銃を使わず 短刀と爆弾を手に ロシア軍を攻めていきます。
ドイツのほうが重装備の戦車を持っているのだけど ロシアの山の中をすすめない。
そこをスペイン人部隊 それも兵隊ではなく 軍人部隊が カミカゼ的に攻めていく。
その 戦い方法に ドイツは プロジェクト・フェニックスを断念します。

その一方でヒットラーは 大戦に参戦することを もとめます。アンダイでの会談は フランコ独特のああでもない こーでもない という あいまいないいまわしで なかなか結論に達しない。
フランコは スペイン北部 ガリシア出身者 フィデロ・カストロと同じです。
緑多き地域の政治家の特徴なのでしょうか。 ことばは くねくねとまわっていきます。
最後の会談のあと ヒットラーは いいます。
「フランコとの会話より 奥歯の痛みのほうがずっとましである。」
ユーモア感覚の薄かったヒットラーの唯一 人生の中で 言ったおもしろいことば。



ちなみに ドイツ軍といっしょに ロシアに行ったスペイン軍。
例にもれず ふざけすぎな彼ら。 ドイツ将校はすっかり怒り狂ったそうです。
「いやーロシアはさー美人多いから まず やりまくっちゃおうぜー」
「(ドイツ将校にむかって) セニョール どこで やれますかねー」
「ばっかやろー これから我々は戦いに行く!(きっぱり)」
そして スペイン軍人たちは 銃にコンドームをつけて 歌いながら歩き出す。
ドイツ軍はますます怒る。
しかし ロシアでの 戦いの真剣さは スペイン軍の特攻隊のすごさにドイツ軍は逃げた。
AVARANCHE PRESS  http://www.avalanchepress.com/
アメリカ人歴史学者が 歴史をもとにしたゲームを作ってるんですが
そのページを参考にしています。
このページ 毎日更新していて おもしろいです。
もともと 奥さんが箱詰めして という手作りのゲーム会社。
ゲームって 紙で作られたゲームよ。
こういうのアメリカ人とかイギリス人 大好きですよねっ。
by cazorla | 2007-01-25 20:23 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(14)

スペインにも雪が降る

e0061699_18521273.jpg

今日の最高温度 4℃ 最低温度 マイナス3℃
明日の最高温度 3℃ 最低温度 マイナス4℃
(スペイン天気予報より)

寒い。

スペイン旅行予定されている方
防寒具をお忘れなく。
by cazorla | 2007-01-24 18:54 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(10)

いじめ?差別?の記事のコメントのなかでりろさんとちびくろさんぼの話がでていたのですが それで
ペケさんが 昔の記事「ちびくろ・さんぼ…とナマハゲ」をトラックバックしてくださいました。

「ちびくろさんぼ」を読んだこと また 絶版になったこと覚えてらっしゃる方 多いと思うのですが どうですか。 ちびくろさんぼの トラがバターになる場面が好きだった方も多いと思います。 絶版になったあと たまたま クレヨンハウスに娘を連れて行ったら たぶん 1999年 掌サイズの ちびくろさんぼ をみつけました。 それは私が読んでいた物とは別のものでしたが 帯にオリジナル版 と書いてありました。
ウィキーペディアのちびくろさんぼの項目に詳しいので 割愛しますが スコットランドの女性が 絵も描いたものがオリジナルで アメリカでは著作権のないものという扱いだったようです。

オリジナルのちびくろさんぼはこちらでご覧になれます。
 「ウェブ絵本・ちびくろさんぼ」

ちびくろさんぼ 原文 (英語)

ちびくろさんぼのおはなし
ヘレン・バンナーマン / / 径書房
ISBN : 4770501730
スコア選択:


トラのバターのパンケーキ―ババジくんのおはなし
ヘレン・バンナーマン / / 評論社
ISBN : 456600385X
スコア選択:
こちらの本はたぶん ちびくろさんぼ ということばへのリアクションに対してこういう題名にしたのでしょう。

そういえば マドリッドでも イスラムの人たちが 学校で「三匹の子豚」を読ませないでくれ という申し出をしました。 豚は 卑しい動物だから。 
マドリッド自治体は それを受け入れ 現在 幼稚園では 三匹の子豚の絵本は置かれていないと思います。

余談ですが 三匹の子豚の 原作は 最後におおかみが煙突から落ちて 鍋の中にはいり
おおかみを三匹の子豚がおいしい おいしいと食べるところでおわります。
そのほうが絶対 おもしろいと思うんですが 今は残虐なことも いろんなことを削除する傾向にあるようです。
ぺけさんの記事でも なまはげ が児童虐待だ と言う人がいるくらいですから・・・
by cazorla | 2007-01-22 19:31 | おすすめのもの | Trackback(1) | Comments(20)

e0061699_6582475.jpg

寒波がスペインに到着。
大雪になりそうです。
by cazorla | 2007-01-22 06:59 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(10)

いじめ?差別?

ビッグブラザーっていうテレビ番組。 オランダが最初だったと思うけど ひとつの家に何人かが住んでいて それをテレビで映していって 視聴者が投票していって人気のないひとから去っていく?というような番組? スペインでも二年くらい前に流行ったと思う。 
で その番組の中で インド系の女優が差別を受けているということで話題になってます。
で テレビ局側は「文化的、階級的衝突はあったが、人種差別的なものではない。」と言ってたんだけど とうとう番組打ち切りになるよう。
e0061699_1882625.jpg

e0061699_18161946.jpg

beaty v bigot


Big Brother 公式サイト

人種差別云々というより こういう番組の存在が つまり 世界が 下品で攻撃的になっていってる ということなんだと思う。 

イギリス在住 ケニヤ生まれのインド系女性監督の映画。
ベッカムに恋して(2002) - goo 映画

e0061699_18231728.jpg

アメリカの人種差別の映画だと 移民たちが ひどい生活をしていて差別されて それでも頑張って人生を切り開いていくというようなのが多いのではないかと思うけど 人種差別って 別に成功すれば解決していく問題でもないと思う という感じのこの映画はお勧めです。
人種差別といっても それだけがあるわけではなく 女性差別があったり 宗教差別があったり 人種間の仲間内のおきてみたいなものがあったり シンプルではない。
差別だって逆差別的なものもある。 たとえば ジプシー(ロマ族)は差別民ていうけど 彼らはアジア系 すっごい差別しているし。
で この映画ですが インド系移民 とってもインドな ゴージャスな生活している。
スペインでも イスラム系の人の家に行くと ここはスルタンかっ! と思うような家に住んでいる。 
イギリスなんか 特に 貧乏な人の生活レベルってすごく低い(らしい)。
その一方で貧乏な移民には援助があるし 貧乏ではない移民はゴージャスな生活だし・・・
差別に含有するものって 複雑だと思います。

世界が攻撃的になっていってるのは 失敗の神秘でも書いたけど もう一度エンデのことばを紹介したいと思います。
この可能性を人間から取り去って説明し 論じ始めると 人間自身は攻撃的になる。内的牢獄に閉じこめられるからです。自由が奪われたと感じるから暴れ出す。 現代では 人類全体にわたって攻撃性が顕著になりつつありますが 私は その因果論による人間観にたいする抵抗、防御の反応として出ていると思います。 (ミヒャエル・エンデ★エンデと語る)


e0061699_1835423.jpg

Big Brotherに出ている Shilpa Shetty 。
そういえば 空港でもインド系の方がたくさん働いていた。 

記事全文
by cazorla | 2007-01-20 18:42 | スペインの新聞から | Trackback(1) | Comments(37)

「ファニーとアレクサンデル」(ベルイマン監督)のDVD みつけちゃった。
野いちごと二枚組みで 10ユーロだったので早速買いました。
ファニーとアレクサンデル 20年前に 長谷川龍生さんに勧められて見ました。
長谷川さんと映画の雰囲気のギャップがすごくて。
ここ 2週間くらい なぜかずっと思い出して見たくて見たくてたまらなかったら
今日 たまたま寄った本屋さんで・・・(心からほしいと思うとかなえられるの法則)
夫に Rolloと言われましたが いいんです。
一人で見ます。 でも三時間だから いつ観るかが 問題。 180分。 SIGH
e0061699_16293728.jpg


ファニーとアレクサンデル(1982) - goo 映画



時々 夫の元・同僚から電話がある。
実は私のスペイン語の先生でもあった。 気があう。 夫がいないとそのまま話し込んでしまうくらい 気があう。 きのうの記事のレオンで会った男の子にしても 話があう 同じことばで話す。けっして 話し上手ということではなく 話があう人たち。
にもかかわらず なぜ 夫と結婚したか。
映画の趣味 読む物も全く違うし・・・

それは 恋したから。
ある日 電車に乗ったらたまたま彼がいて 本を読んでいた。
その横顔を見た瞬間 天上から光りが降りて 天使たちが歌った。
何が起きたかわからなかったのだけど
それから 数日後 1994年 2月10日伊藤比呂美の朗読会で詩を聞いて 気付いた。

誰かを好きになったことはなんどもある。
でも 恋に落ちたのはこの時だけ。
初恋である。
by cazorla | 2007-01-20 16:39 | おすすめのもの | Trackback | Comments(6)

1990年 スペイン貧乏旅行の続きです。
本当は マドリッドからバルセロナに行って 地中海降りていって アンダルシア回って
と 順番に書いていくつもりだったんだけど ご存知のように 整理整頓されていない人間なので まったくすっとばして 2月 レオン に行きます。
レオンは マドリッドよりさらにずっと北にあります。
e0061699_885178.jpg

このレオンでもないです。
大好きな楓君に 似ているので 一緒にこの映画見に行きましたが・・・・
フランスにもリヨンという町があります。 マークはたぶんどちらも ライオン。
でも レオンもリヨンも今は ライオンの意味だけど 当時は ライオンとは関係ありませんでした。

このレオンで知り合った男の子。 卒業旅行をしている22才。 時として ほんとうにことばがフィットしてくる相手ていますよね。 その人とならいくらでも話し続けられる。 彼はそんな人でした。 二日間一緒に行動していて ずっとずっと話し続けていた。 食事をする時もふだん 知らない人だと この人とはどんな感じのレストランを選ぶべきなんだろうなんて 余計なことを考えるし 何を食べるかも なんとなくバランスとか考えませんか? そういう おつきあいのニュアンスのようなものが苦手なの。 でも彼とは あっさり 食事もできて その間も ずっと話し続け。

レオンには ガウディの建物があります。
e0061699_815655.jpg

当時は銀行として使われていました。CASA BOTINES
そして レオンから少し行ったアストルガには もう一つ別のガウディの建物が。
これは施工主の司教と折り合いが悪く 途中でやめちゃった作品です。
e0061699_824750.jpg


レオンには 大きなカテドラルがあり その中の博物館のコレクションはすてきです。
そういった 観光をしたあと 私たちは また CASA BOTINESの前にあるベンチにすわっていました。
e0061699_8122786.jpg

隣のベンチはこういう人が座ってます。
彼はその人に話しかけたり つぎつぎのたたみかけるように話し続けた。
一番 印象に残ってるのは CASA BOTINESについて
「この建物 一番良心的に造ってるねー。」
て。 細部を見ない限り ガウディって気付かない人もいるかもしれない。
そういう 作りを 良心的 と 表現する ことばのセンスが好き。
私はただ お日様が落ちて 夜になって ずっと 建物の彫刻を見ていた。
e0061699_81648.jpg


2月の北部スペインは寒い。
夜だったし。
だんだんとトイレに行きたくなったんだけど 座っていて 動くとなると それがきっかけで 別れることになる。 なんとなく別れたくなかった。
「ぼく 宿を引き払って もうここに宿はないし
11時半発の列車に乗って サン・セバスチャンに行こうと思ってるんだけど
君はどうする?」

彼は私の横顔を見ている。
たぶん ふたつの答えが可能だったと思う。
「宿がないなら 私の宿に泊まって 明日出かけよう」
「私も行く。 すぐ 宿を引き払ってくるから待っていて。」
まだ 列車の時間まで30分以上ある。

でも 私は言った。
「寒いから 帰る。 楽しかった。 ありがとう。 気をつけてね。」
彼は めがねを少し 直して うなずいた。



彼は こうも言った。 急に思い出したので付け足し。
「荷物に小さな鍵をつけて 旅行しているばかな奴がいるけど そんなのなんの役にもたたない。
こわして 中身を物色されるだけ。 盗られる時は盗られればいい。 ボクは このめがねさえあればいい。 めがねさえあれぱ 世界は見えるからね。」


私はこういう人がとても好きだ。
彼の痩せた無駄のないからだつきが いかにも 無欲な感じがした。

彼と一緒に行かなかったのは 年上だって言っていなかったから かもしれない。
年上だって 私はかまわないし いつも私は年齢は一応相手に伝えていた。
でも 彼は頭から年下だと信じて 私のことを扱ってくれる。
年下である という状態に慣れていなかったのて゛ それは とても気持ちがよかった。 たぶん。
でも 錯覚は錯覚として 大切に箱にしまい込んでいようと思う。

吉行淳之介が 「死ぬときに思い出すのは 寝なかった女のことだと思う。」と言った。
思い出とは そういうものです。
by cazorla | 2007-01-20 08:31 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(8)

レアル・マドリッドの会長が大学の講演で好き勝手お話しして そのあとで ごめんなさい ってしてたけど ごめんなさい って言うくらいなら いわなきゃいいのに。
会長として思ったことくらい 言いたかったら言って で 腹はくくるべきだと思います。

ベッカムくんは 半分俳優(medio actor)として ハリウッドに行く とか。
グッティ について。
Raúl empezó con Guti y éste, con 31 años, sigue siendo una promesa.

★promesa ①約束 ②兆し 見込み (将来の)有望さ

ラウルはグティと一緒に始めたが グティは 31で 未だ将来有望株である。

e0061699_910546.jpge0061699_911991.jpg
グティ 三十には見えないこの若さです。
性格も弱々しい。 つまり 31にもなって いまだに大成していない という最大の嫌み。
かれずっとレアルマドリッドで プレイしているのにマドリニスタ(レアル・マドリッドのファン)に 愛されていない。登場すると 「マリコーン おかま」って ヤジがすごいし。
日本に行ったらもてそうなのにね。


Mil veces perdón. 千回 ごめんなさい。 
今日は 会長 そうやって とりあえず 謝ってた。

一番の失言は 「レアル・マドリッドの選手には カルチャーがない」だけど
だれがカルチャー期待すんねん と思いました。 それ以外は まあ 思って言ったんだから 悪いんだけどそう思う って言った方がかっこいいと思う。 

★ 日本ではレアル・マドリッドをレアルって呼んでるみたいだけど
スペインではマドリッド。 レアルは 宮内庁御用達の  みたいな感じだから。 一応形容詞。
アトレティコ・デ・マドリッドは アトレティコ。 アトレティコは名詞だから。
それから レアル がついてるチーム 他にもあるので。
もし スペインに来られてチケット買いたい時は マドリッドの試合 と言ってね。
by cazorla | 2007-01-19 09:22 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(8)

りろさんのコメントを読んでふと思い出した詩があるので紹介したいと思います。
永遠に永遠に繋がっていくイメージ。
私たちは シンメトリーなものを見て 美しいと思う。
それは 私たちが シンメトリーな形を基本に成立しているからかもしれない。
繋がっていくイメージは 私たちのもつDNAの形でもある。
いつまでも繋がっていく。
それは未来であり 過去であり。 私たちは 宇宙に向かっている。
愛ということばが 日本語の中になかったのは 一つにはエゴという思想がなかったことにあると思う。 愛はエゴから生まれる。 幸せという観念もそうだと思う。
エゴは一つの点に集約されながら 無限に開いて行かなくてはならないものだと思う。
それを ほんとうの意味での「自由」と解釈している。

        谷川俊太郎

いつまでも
そんなにいつまでも
むすばれているのだどこまでも
そんなにどこまでもむすばれているのだ
弱いもののために
愛し合いながらもたちきられているもの
ひとりで生きているもののために
いつまでも
そんなにいつまでも終わらない歌が要るのだ
天と地とをあらそわせぬために
たちきられたものをもとのつながりに戻すため
ひとりの心をひとびとの心に
塹壕を古い村々に
空を無知な鳥たちに
お伽話を小さな子らに
蜜を勤勉な蜂たちに
世界を名づけられぬものにかえすため
どこまでも
そんなにどこまでもむすばれている
まるで自ら終わろうとしているように
まるで自ら全い(まったい)ものになろうとするように
神の設計図のようにどこまでも
そんなにいつまでも完成しようとしている
すべてをむすぷために
たちきられているものはひとつもないように
すべてがひとつの名のもとに生き続けられるように
樹がきこりと
少女が血と
窓が恋と
歌がもうひとつの歌と
あらそうことのないように
生きるのに不要なもののひとつもないように
そんなに豊かに
そんなにいつまでもひろがっていゆくイマージュがある
世界に自らを真似させようと
やさしい目差でさし招くイマージュがある

e0061699_6494719.jpg

by cazorla | 2007-01-19 06:43 | おすすめのもの | Trackback | Comments(13)