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ロング グッドバイ

最近 記事書くの少なかったのは
本を読んでいました。
ロング グッドバイ 
チャンドラー作 村上春樹訳

ずいぶん昔 チャンドラー ブームになったことがありましたよね。
角川春樹の企画の中で 「やさしくなければ生きてはいけない」
ミーハー なわたくしは ロング グッドバイ 
「長いお別れ」という題名の訳の時も読みました。

で 四年前に 20世紀を代表する作品集という文学全集を買った時 そこにも入っていたので
「EL LARGO ADIOS」(エル・ラルゴ・アディオス)のいう題名で 再会し
またまた 村上春樹によって 再度再会。
今までで最高のフィリップ・マーロウでした


この スペイン版 20世紀を代表する作品集というのは けっこう興味深い全集で
20世紀を代表する作家のその代表する一作品の選集なんですが
作家と作品を見ていると 少しずつ 日本とは違うのかもなーと思う。
たとえば このチャンドラーがちゃんヘミングウエイやカフカ トーマスマンと並んで選ばれている点で。

フィッツジェラルドも もちろん入っていますが
グレートギャッツビーではなく 「夜はやさし」のほうです。
フィッツジェラルドとしても本望なのではないでしょうか。
ちょっと 脱線。 「夜はやさし」については また 書きたいと思います。

ロング・グッドバイ
レイモンド・チャンドラー / / 早川書房
ISBN : 4152088001
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さよならを言うのは 少しだけ死ぬことだ。
To say goodbye is to die a little.


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しばらく この世界に入り込んでいそうです。。
by cazorla | 2007-06-20 00:52 | おすすめのもの | Trackback | Comments(8)

存在の耐えられない軽さ


「ニーチェの永劫回帰という考え方はニーチェ以外の哲学者を困惑させた。」で始まる ミラン・クンデラの小説。 
主役のトーマシュをダニエル デイ・ルイスが演じて かっこよかったけど
内容的には 本のほうがはるかにおもしろいです。
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ドイツ語版ポスター でも アメリカ映画です。
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存在の耐えられない軽さ
ミラン クンデラ / / 集英社
ISBN : 4087731774
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前回書いたことと完璧に矛盾するのですが 私はこのトマーシュが大好きです。
68年のプラハ トマーシュは外科医なんだけど ソ連の軍事介入なんかで 資格を失い 窓ふきの仕事をしている。 そして 各家で 主婦達と 情事を楽しみ また 長年の愛人もいる。
結婚前からプレイボーイで 特に深いかかわりは持ってこなかったのだが 孤児のように ボートに乗せられてやって来たと感じてしまった テレザと結婚する。 しかし 情事はあいかわらず。 

誠実さとかけ離れているようで 私はトマーシュに 不誠実を感じはしない。
というより 不誠実が私に与える 不快感がない。
なぜ だろう と思いながら読み進むと 「キッチ」についての説明がある。
キッチは ドイツ語で のちに その思想が フランスに紹介され キッチュと訳され キッチュという言葉で 日本にやって来た。
がらくたを愛する感覚というふうに解釈された。 たとえば ペコちゃん人形 であったり 駄菓子やのおもちゃであったり。けれどもそれはまったくの誤解であるとクンデラは言う。
 クンデラによると、キッチとは「あばたをえくぼと化する虚偽の鏡を覗きこみ、そこに映る自分の姿を見てうっとりと満足感にひたりたいという欲求」のことなのだ。

それは自分の意志の中にあるものの責任の所在をあきらかにする という行為がなされているかどうかが 私が前回書いた「誠実さ」なのだと思う。
夫婦の話し合い と 書いたが 実際に話す方が簡単に 自己認識をえられるからそう書いたまでで 話し合いで妥協点に達するかどうかより そこにある 自分の気持ちの所在をあきらかにする ということ。そして 誠実さとは その自分に対する 誠実さなのだと思う。


この本を 夫とつきあい始めたばかりの頃読んで 夫にもプレゼントした。
夫は 小説は基本的に読まない人なのだが 一生懸命読んでくれた。
そして 感想は 救いがなさ過ぎて つらくて 読んだ後 すごく疲れた でした。

この本には ニーチェのエピソードが 何度も出てくるのですが
その中でも 一番印象的なのは むち打たれる馬を見ていて
そっと近づいて 馬を抱きしめながら 涙するニーチェです。
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参考ページ
Chambre AA クンデラの部屋

by cazorla | 2007-06-11 07:34 | おすすめのもの | Trackback | Comments(17)

禁じられた恋の島

今の季節は たとえば 車に乗って高速を走っていると 車線の間にこの花がたくさん咲いています。 あまり 水が必要ないのか どこに行っても 高さ2メートルの球形のこの花。
たぶん エニシダの野生種だと思います。
ずっと昔 花屋で エニシダを見つけて 買った事があるので。

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エニシダ ということばを初めて 見たのは この本の中。
禁じられた恋の島。
島には この花がたくさん咲いていて 初夏から夏にかけて 島中にこの花の匂いが満ちて
人々は恋に落ちる。
16歳の時 この本を読んで ずっと どんな花だろうと思っていたら 花屋さんで見つけたのです。 ただ 小さな鉢植えでは くらくらする感じがないのですが それでも満足して この花を 窓辺に置いていました。 まるで この花を置いていたら すてきな恋に出会えるみたいに。
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アンダルシアは 今 この花の季節。
やはり 恋の季節でしょうか。

「禁じられた恋の島」 エルサ・モランテ(著) 河出書房新社
この写真 よく見ると 値段が見えるでしょう? 安い!
箱いり の布装丁 グリーンブックスです。
良いシリーズでした。

絶版

ナポリ湾にうかぶ小さな島で 少年が父親の恋人に恋してしまう。
映画化もされていると思います。
by cazorla | 2007-06-01 03:43 | アンダルシア | Trackback | Comments(24)

心臓を貫かれて

久々に疲れる読書をしていました。
一気に読んでしまえなくて 立ち止まっては 息をつかなくてはとてもつづけられない。

Shot in the Heart
Mikal Gilmore / / Doubleday
ISBN : 0385422938
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この本の訳書 心臓を貫かれて マイケル・ギルモア

e0061699_443371.jpg1966年から事実上 合衆国では 死刑は廃止されていたのだが この筆者の兄であるゲイリー ギルモアが 死刑執行を求め 死刑が再開した。 その家族の物語。
弟 マイケルは かならずしも 兄をかばってこの本を書いているわけではない。
事実を事実として 記述し その上で 彼の弟としての愛 そして崩れていく家族の中にあっても家族のなかに 憎しみと同様に 愛が存在していたことを書いている。



e0061699_4433534.jpgゲイリーギルモアはなぜ罪のないモルモン教徒を2人殺したのか。



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母親としてこの本を読む時 時として必要以上に子供達を傷つけているのではないか という恐れを抱いてしまった。

以前 宗教のことを書いた時に コメの中で ヨーロッパにも邪宗がはびこっているのですね というのを頂いて その時ふと 邪宗というのは なんなんだろう と考えた事がある。
キリスト教にしても もともとはユダヤ教の1宗派 というか派生された 新興宗教であったと思うし また 仏教も ヒンディー教からすれば 新興宗教であっただろう。 しかし これらが邪宗ではなかったことは 歴史が教えてくれる。 邪宗と 本来的宗教の違いはなんだろうと。
それは 教えが間違っている とか 教祖が金儲けを目的としている とかいうのは問題外で どんなに 善の心が発端であったとしても邪宗にならざるおえない宗派もあると思う。
それは 未来をむいているか どうかなのではないだろうか。

なんの本であったか忘れたのだが どうしても忘れられない場面がある。
主人公の少女が刺繍をしている。
もうすぐ 完成という時に間違えてしまった。
少し 糸を切って やり直せばすむことなのに たぶん もう疲れていたのだろう。
少し切って そして また切って とうとう台無しにしてしまう。
と゜うせなら自分の手で台無しにしてしまいたくなる時がある。
ほんの少し ボタンがかけ間違えられただけなのに 何もかもを 壊してしまいたくなる時がある。 
強盗をする人の心理をある学者が書いていた。
「どうして すぐに捕まると明らかな犯罪を犯してしまうのか。
金に困って というが それで 金を受け取れる確率は低いのは明らかだ。
もうここまで落ちてしまったのだから徹底して落ちてしまいたくなる。」

長女のマリアは今 十一歳 小学五年生。
クラスには 離婚したり別居したりしている両親を持つ子供がいる。
彼女のクラスは比較的 良いクラスで みんな 八割以上の点数を取るが1人だけ いつも1割2割しか取らない男の子がいる。
彼の名はアンドレ。 
「アンドレ どうして勉強しないの?」とマリアが訊いた。
「俺んちは 親が離婚してるから 勉強したくてもできないんだよ。」と吐き捨てるように言った。
「アリシアのおうちも離婚してるけど 勉強してるよ。 私よりも良い点取るよ。
そんな言い訳していたら 自分の夢を叶えられなくなるよ」
マリアは言い過ぎたかもしれないと少し気にしている。

子供時代 未来を思い描けないと 永遠にこの子供時代が続き
そして この牢獄から抜け出せない そんな気がする時がある。
未来があることも忘れている。そして 不幸な気持ちにしている両親に 復讐するように 自分の人生を傷つけてしまう。 傷つけ始めると 歯止めが利かなくなるときがあるのかもしれない。

もちろん傷つけられた子供達がみな 犯罪を犯すわけではない。
それは 傷つけられた子供達にも個性があるように その表出する結果はそれぞれ違う。

ゲイリーの兄は ベトナム戦争に行くが 自分がもし敵を殺し始めたら 歯止めが利かなくなるのではないか と 怖くなり 戦地に行くことを拒否し 刑務所にはいる。
それぞれの物語があるのだ。

そして ゲイリーギルモアは死刑によって すべての物語に終止符を打った。
モルモン教の血の贖い をするように 銃殺刑を望み 心臓にマークを付け 五発の銃弾が そこを貫いた。

追記 村上春樹氏は 基本的に自分の好きな本を翻訳している。 ほとんどが 小説である。
しかし この本は例外で 夫人の強い勧めで 翻訳した。
ノンフィクションだけど この中に自分の物語を見いだしてしまいます。

by cazorla | 2007-05-28 05:43 | こども | Trackback | Comments(18)

Shot in the heart

靴サイズの こと ちょっと付け加えると
無理に小さい靴を履いていたのではなく ほんとうに小さかったの。
足袋を作ってもらう時に ちゃんと測ってもらってら22.7㎝でした。
ウエストも二十歳のころ 48。
58の一番小さいスカートを買って 詰めてもらっていた。

渡辺淳一氏が からだは 自分でのぞめぱ その形になると (医学者として)書いていましたが
十代の私はそのことばを心から信じていました。
信じるものは救われる?
というか だから 自分のイメージがそのまま 自分の形になっていく というのを体験して
イメージすることの大切さを学んだ
つもりだったんだけど 単に洗脳されやすいだけかも。
だから 新興宗教には なるたけ近づかないようにしています。
絶対 はまると思うの。

マリア・モンテッソリー(教育学者)も 近い未来の子供の姿をイメージすると こどもはそのように育つ と書いてました。 それは遠い未来ではだめで 近い未来 赤ちゃんだったら 1ヶ月後とか。 
森瑤子も 強く望んで 具体的にイメージすれば 必ず 手に入る と何度も書いています。

私たちは どんなビジョンで世界にたいしていけばいいんだろう。

心臓を貫かれて〈上〉
マイケル ギルモア / / 文藝春秋
ISBN : 4167309904
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心臓を貫かれて〈下〉
マイケル ギルモア / / 文藝春秋
ISBN : 4167309912
スコア選択:

今 読んでる本です。
けっこう 感情移入しやすいたちなので こういう本はつかれます。
疲れながらも 読み進んでいます。

死刑囚の弟が書く 家族の歴史です。

私たちはどんなビジョンを持って世界に立ち向かえばいいのだろうと。
by cazorla | 2007-05-25 14:11 | おすすめのもの | Trackback(1) | Comments(18)

「夢でね」で始まる伊藤比呂美の詩。
1980年 新宿TOPSでの 朗読で わたしのようなちょっと暗めの女の子たちの青春は始まった。 青春なんて ばばあになるまで 使えなかった言葉だけど 当時は もちろん青春の中にいるなんてさえ思えやしない。

夢の中に 元・恋人のKが出てくる。
裸の上半身。 入ってくる感覚とかよくわかんない。気持ちいいかどうかも。
あばら骨とか 乳首のかたちとか みんなよく見えるのに。
おへそより下は出てこない。
だから と 伊藤比呂美は 詩う。

だからあたしねにんげんってすごくこう


すごく にんげんって にんげんって にんげんって

すごく すごくこう






情緒のね
情緒的なね




情緒的なね
ものだとおもう。




情緒的であることを否定して大きくなった。
知的であることを強いられた。
そんな私たちに伊藤比呂美のことばは響いた。
好きか嫌いかは別にして。
嫌いと思っても 気になる存在であった。

わたしはときどき ふと 心の中に響いてくる
あのうめくような伊藤比呂美のことばを思い出す。

情緒のね
情緒的なね

情緒的なね
ものだと思う。



にんげんってそのにんげんってそのにんげんってにんげんてにんげんて
情緒的なものだと思う。

セックスはすごく大事なものだと思う。
不幸なセックス体験は かなりダメージだ。
それと同様に セックスは全然重要てはないし
関係の中で大きな位置をしめない。
真実はいつも両面を持っている。
この2つの事実 一見 相反するようで 矛盾するようで
それでいて 真実である。
by cazorla | 2007-04-14 09:34 | 思い出 | Trackback | Comments(8)

ランボーと金子光晴

金子光晴と言う人を初めて知ったのは たぶん アルチュール・ランボーの翻訳家としてだ。
ランボーの詩は 金子光晴と中原中也によって訳されているが どちらも ランボー的ではなさすぎると 少女時代の私は思った。 
では だれが翻訳に適しているか・・・・
もちろん 彼はランボーの翻訳はしないのは わかっているが それでも
辻潤をまず思い浮かべてしまった。
金子の妻がある男性とほのかな恋愛関係になったとき 金子は 妻を連れて パリに行った。
辻の妻が 大杉栄と恋愛関係になったとき にっこり笑って 幸せになりなさい と送り出した。
少女時代の私は この辻の行為こそ美しいと思った。
そして この美意識が ランボーの詩にも通じるのではないかと思った。
金子はある意味 泥臭い人ではないかと思う。
少なくとも 美意識の固まりだった少女はそう感じていた。
息子を戦争に行かせないために水をかけて 肺炎にさせる と言う行為も どこかに泥臭さがあった。 
家族をどんなことをしても守りたい という気持ちが どこかで泥臭い と感じてしまうのかもしれない。 妻を連れて パリに行ったのもそうだ。
妻が 大逆事件で死んでからパリに息子と行った 辻とは 大違いである。

妻が ほかの人とを好きになったとき
あなたならどうするだろうか。



そういうわけで きちんと金子光晴を読んでいなかったのだが 今では好きな詩はいくつかある。 
たとえば
おっとせい  最後の行が好きだ。 長いので 最後だけ お読みください。         



そのいきの臭えこと。
口からむんと蒸れる、

そのせなかがぬれて、はか穴のふちのやうにぬらぬらしていること。
虚無をおぼえるほどいやらしい、 おお、憂愁よ。

そのからだの土嚢のやうな
づづぐろいおもさ。かったるさ。

いん気な弾力。
かなしいゴム。

そのこころのおもひあがっていること。
凡庸なこと。

菊面。
おほきな陰嚢。

鼻先があをくなるほどなまぐさい、やつらの群衆におされつつ、いつも、
おいらは、反対の方角をおもってゐた。

やつらがむらがる雲のやうに横行し
もみあふ街が、おいらには、
ふるぼけた映画でみる
アラスカのやうに淋しかった。




そいつら。俗衆といふやつら。
ヴォルテールを国外に追ひ、フーゴー・グロチウスを獄にたたきこんだのは、
やつらなのだ。
バダビアから、リスボンまで、地球を、芥垢と、饒舌で
かきまはしているのもやつらなのだ。

くさめをするやつ。髭のあひだから歯くそをとばすやつ。かみころすあくび、きどった身振り、しきたりをやぶったものには、おそれ、ゆびさし、むほん人だ、狂人だとさけんで、がやがやあつまるやつ。そいつら。そいつらは互ひに夫婦だ。権妻だ。やつらの根性まで相続ぐ倅どもだ。うすぎたねえ血のひきだ。あるひは朋党だ。そのまたつながりだ。そして、かぎりもしれぬむすびあひの、からだとからだの障壁が、海流をせきとめるやうにみえた。

おしながされた海に、霙のやうな陽がふり濺いだ。
やつらのみあげる空の無限にそうていつも、金網があった。

…………けふはやつらの婚姻の祝ひ。
きのふはやつらの旗日だった。
ひねもす、ぬかるみのなかで、砕氷船が氷をたたくのをきいた。

のべつにおじぎをしたり、ひれとひれをすりあはせ、どうたいを樽のやうにころがしたり、 そのいやしさ、空虚さばっかりで雑閙しながらやつらは、みるまに放尿の泡で、海水をにごしていった。

たがひの体温でぬくめあふ、零落のむれをはなれる寒さをいとうて、やつらはいたはりあふめつきをもとめ、 かぼそい声でよびかはした。




おお。やつらは、どいつも、こいつも、まよなかの街よりくらい、やつらをのせたこの氷塊が 、たちまち、さけびもなくわれ、深潭のうへをしづかに辷りはじめるのを、すこしも気づかずにゐた。


みだりがはしい尾をひらいてよちよちと、
やつらは表情を匍ひまわり、
……………文学などを語りあった。
うらがなしい暮色よ。
凍傷にただれた落日の掛軸よ!

だんだら縞のながい陰を曳き、みわたすかぎり頭をそろへて、拝礼してゐる奴らの群衆のなかで
侮蔑しきったそぶりで、
ただひとり、 反対をむいてすましてるやつ。
おいら。
おっとせいのきらひなおっとせい。
だが、やっぱりおっとせいはおっとせいで
ただ
「むかうむきになってる
おっとせい。」


実はとても辻潤的であったのだと 大人になって知った。
by cazorla | 2007-03-27 04:47 | おすすめのもの | Trackback(1) | Comments(13)

お勧め記事です。

春巻きさんの書評 草枕
夏目漱石の草枕って こんなにおもしろかったんだ 是非 もう一度読みたいと思わせてくれる記事です。 
書評だけで 充分におもしろいんだけど。
by cazorla | 2007-03-03 08:06 | おすすめのもの | Trackback | Comments(2)

労働者の歌

マルクスの話

マルクスの話をしよう。

小さい娘は
キリストのことをパパに聞いた。
パパはどんな顔をしたろう。
髭のマルクスは娘に答えた。
あの人は・・・・・・・・・
愛というものを教えてくれた人だ。
マルクスのおくさんは
手きびしいマルクスの論理から
いつもハイネをかばった。
ハイネは涙をうかべてたそうだ。
そしてぼくは記憶する。
若いハイネの
あの痛烈な「シュレジェンの織工」の詩を。
「資本主義」の著者は
極貧のなかで働き、 たたかい、 疲れ、
家族との団欒を無上の喜びとした。
苦労をかけたおくさんやこどもたちを
かたときも忘れることはなかった。
おくさんの死後、
一年たって
マルクスは黙した岩石のように
自分の仕事机の上で死んだ。

―どうして、 ぼくが
マルクスを
好きかわかるか。

菅原克己 『ひとつの机』 より

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マルクスには2人の娘がいました。

マロニエの実

パリーに行った友人が
もったいぶって
おみやげをくれた。
これはバルビゾン村の
あのミレーの家の前でひろった
マロニエの実だぞ・・・・・・・・・。

棚の上にいつも
そいつはころがっている。
埃をはらうと
栗色のひと粒はつややかに光る。

ふだんは忘れているが、
ときどき指にはさんで
しげしげと眺めている。
バルビゾン、
フォンテンブローの森、
夕映え、
光と影の中の農夫・・・・・・・・・。

それから大事そうに
棚の上におく。
そして また
ながいこと忘れている。

菅原克己 『夏の話』より
by cazorla | 2007-02-11 14:48 | おすすめのもの | Trackback | Comments(2)

理想の男

をとこ     「愛のコリーダに」

きっつぁん
おまえさんにあひたかった
あたしのあかいじゅばんきて
さぶいていしゃばへむかへにきてくれるをとこ
やさしいをとこくさいえりあしを
あたしのためにだけそるをとこ
あたしがみつめるのとおなじくらゐしんけんに
あたしをみつめてほほえむをとこ
おまへをいつもいつもあつくあつくかたくするのはおまへのこころだ
おまへをいつもいつもあつくあつくかたくするのはおまへのこころだ
きっつぁん こころとからだは
おなじものだねぇ



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をとこ

うしろ姿のうなじが
夕陽のやうにさびいしをとこがいい

ひどい遠視か
でなければ
ひどい近視のをとこがいい

雲のはての鳥影をみつめて
とびたってゆこうとするをとこ

やさしさ を背負ひ
やさしさ に押し出されるやうにして
勝てないいくさに出かけてゆく
無口なをとこ
いとしいものが だれであるかも知らぬまま
いとしいものに 別れをつげる
くりからもんもんの
あるひは ウエスタンハットの
あるひは 花をかざした若武者の

うしろ姿のうなじが
オカリナのやうにかなしいをとこがいい


吉原幸子 「夜間飛行」より
by cazorla | 2007-02-09 09:25 | おすすめのもの | Trackback | Comments(16)